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1.「学園生活と黒い生徒」

 憂鬱にはじまってしまったサクラの魔法学園生活も、一ヶ月を過ぎた。

 当初思っていたより、平穏な日々を過ごすことが出来ている。

 

 サクラは、下手なりに魔法授業に必死に取り組み、物を浮かせる、箒で浮かぶくらいの魔法は何とか使えるようになっていた。

 

 成績下層の落ちこぼれ状態ではあるが、努力でギリギリやっていけるという手応えもあった。


(頑張れば、最低限の単位をとって、卒業は出来るかも)


 そのあと、調合の専門学校に通い、両親の花屋を手伝うのだ。

 

(魔法も、ちょっとだけなら使えるようになったからね)

 

 案外、花屋でも魔法は役に立つ時があるかもしれない。

 魔法学園でも、調合の授業はわずかだがカリキュラムに含まれている。

 

 大丈夫、少しの遠回りをするだけだ。

 無理やり前を向くと、どんよりしていた未来絵図が、輝きを取り戻していく。

 

 

 相変わらず連絡がないという双子の姉・ツツジからは、両親宛に押し花が届けられたらしい。

 生きている、元気でやっているという意味なのだろうと、両親は楽観的だ。

 奔放な姉を産んだだけはある、そんな肝の座り方をしている。普通の両親であれば、捜索願いのひとつも出している場面だ。


 そう思うサクラとて、今ではすっかりツツジの事を心配しなくなった。

 どこかで元気にやっているはずだ。

 すぐ凹んで泣きべそをかくサクラと違い、ツツジはいつだって前を向いて突き進む女の子だ。


 帰ってきたら、たくさん文句を言ってやるんだから、と心に誓う。

 

 魔法学園での生活にも慣れてきており、同室のメリアとの関係も良好だ。

 

 最初は重たくて億劫であった学生ローブの着脱も、今ではもう慣れたもので。

 なんなら、こっちの学校で良かったかもしれないとまで最近は思う。

 

 名門と言われるだけはあり、環境も良く整えられていて、学校生活は快適だ。


 学食も好きなものを好きなだけ食べる事が出来て、食べる事が大好きなサクラにとっては天国であるし、寮の居心地も悪くない。

 特に、マジックバスと呼ばれる、魔法で全身洗うことが出来る風呂の心地よさは素晴らしかった。

 魔法学園では、ほぼ全ての設備を魔法がかかったアイテムで維持しており、どれも一般社会では殆ど実用化されていないものばかりで、大変便利だ。

 そういう生活が楽しいと感じる自分もいる。

 

 だから、ツツジへの文句は少し減らしてもいいかもしれないとも思っていた。

 ズルをして入ったようなものだから、いまだに複雑な思いを抱く事はある。

 ツツジの身代わりにここにいるという事を忘れてはいけないとも思う。

 しかし、自分の描いていた未来を犠牲にしてここに来たのだから、少しくらいは楽しくやらせてもらいたいところだった。

 

「見て、サクラ」


 次の授業への移動途中、中庭の中心で、同室のメリアがサクラのローブの裾を引っ張った。


 メリアは、生真面目な性格ながらも親しみやすい雰囲気を纏った女の子で、引っ込み思案のサクラでもすぐに打ち解ける事ができた。芯があり優しく、曲がった事が大嫌いな彼女は学年をまとめる女子監督生にも選ばれている。


「あの子」


 メリアが視線で示したのは、颯爽と庭園を独りで歩いている男子生徒だった。

 サラッとなびく短い黒髪に清潔感を感じる。ローブの襟の色は、深緑だ。


「アルカナクラスの子。魔法の天才なんだって」

「そうなんだ」


 オーリッドには、アルカナ・ルーン・セレスという三つのクラスがある。


 学園からは何の説明もないが、それぞれのクラスごとに似通った資質を持つ生徒が集められているのは明らかだった。

 どんな基準で分けられているのかは公開されておらず、サクラたちに知る由もない。


 ただ、アルカナには生まれながらにして才能を持つ者が多く、

 ルーンには知識と理性を尊ぶ者が多く、

 セレスには人と魔法の調和を重んじる者が多い――そう感じさせる振り分けだった。


 アルカナは深緑、ルーンは黄金、セレスは緋色、それぞれのローブの襟の色で、クラスを象徴している。


 また、学年は制服のスカートとズボンの色で区別されている。今年度、一年の男子は深緑、女子は赤である。二年は群青と黄、三年は漆黒に紫。

 

 サクラとメリアは、襟元に緋色を纏う、一年生のセレスクラスに所属していた。



 男子生徒は、通路の進行方向であるサクラとメリアの方に向かって歩いてくる。

 サクラたちの好奇の視線に気づいたのか、すれ違う一瞬、彼に睨まれた気がした。



「……」


(ひぇ……)


 その眼光が鋭くて、サクラは小さな身体をさらに縮ませる。

 男子生徒は、そのまま無言でローブを大きくなびかせ、ズンズンと大股で歩いて行く。

 

 体格が小柄な割に、態度は大きな男子生徒を視線で見送ってから、メリアはため息をつく。


「よく魔力暴走させるし、あんな態度だから、気を付けて見てて欲しいって、監督生に通達があったんだけど、見ててって言われてもね」


 要するに、問題児を注視しておけという事なのだろう。監督生も大変な役割だ。


「ちょっと怖いね……」


 魔力が高すぎる若者は、その未熟さ故に魔法の制御が出来ず、暴発事故を起こしやすい。故に学園には、魔力制御を学ぶために入学する者もいる。


「でしょ?みんな言ってる」


 サクラがやや引いたのを見て、メリアは真面目な顔で、人差し指を唇の前に立てる。


「……黒魔法も既に使える、"適正者"らしいの」


 その不穏な言葉に、サクラも思わず首をすくめた。


「本当に?」

「防御魔法のラーナ先生が、黒魔法の天才だって褒めちぎってたって、聞いた子がいるの」

 

 黒魔法の適性を持つ人間は、希少である。

 

 自然から力を借りる、白魔法と呼ばれる各種魔法とは違う。


 呪術・自然に由来しない物理魔法・精神魔法・そして一部の魔物の召喚魔法が、黒魔法と分類されている。

 努力で習得ができる白魔法と違い、黒魔法は完全に生来の適性に左右される。

 それが既に使えるとなれば、確かに天才と呼ばれるのは納得だ。


 人々はよく、「黒魔法で負った傷は二度と癒えない」と言う。


 その恐ろしさゆえ、黒魔法を人に向けることは固く禁じられており、社会で行使するには、魔法学園を卒業し、魔法省発行の第一種特別魔法免許を習得する事が不可欠である。


 唯一、魔法学園内では、治外法権的に免許無しでの使用が可能だ。

 学園の外で日常的に黒魔法を扱うのは、魔法警察などの一部の機関に限られ、それ以外では、犯罪や反社会的な行為に結びついてしまう事件が殆どだ。

つまり学園の外の世界において、黒魔法は厳格な規則のもとで運用される存在である。


 そのことからも、その危険性と強力さが窺えるだろう。


 そんな魔法を、入学したばかりの学生がすでに使えるなど、きわめて稀なことである。おそらく同級生の中でも、ほんの数人しか適性を持つ者はいないはずだった。

 適正があっても、使い方を知らない者も、使う事を否定する者も、学生には多いため、使える者はより際立つ存在となる。


「優秀な人って、たくさんいるんだね」


 ぼんやりとツツジのことを思い出す。

 ツツジは黒魔法の事を嫌っていた。だが、もしかしたらツツジならその適性があったのではないか。

 それほど優秀な片割れだ。


 メリアはサクラのつぶやきを聞いて、否定するように首を傾ける。


「優秀なだけじゃ、ちゃんとした魔法使いにはなれないわよ」

「……そうだね」

「そのために、学園があるんじゃないの」


 メリアは尤もらしい事を言う。


「そうなんだよね」


 自分はそういう、特別に選ばれた何者かになる事はないだろう。まず、魔法使いになれるのかも怪しい。



 サクラはそう思って、軽くため息をついた。



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