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15.「便り猫④」

 


 黒魔法の適性を持つ者は、殆どが生まれながらに魔力量が多いため、身体が育ちきっていないうちは度々暴発を起こす。



 所謂「キャパオーバー」だ。


 魔法の失敗、魔力の溜め込み、ストレスや寝不足など、様々な要因があるが、

 一度身体から溢れ出した魔力は意図せぬ増幅を続け、本人の意思の外で荒れる。

 「暴走」と呼ばれるそれは、その魔力が尽きるまで止まらない。触れたものを傷つけ、壊す。

 自然以外の力を使い生み出す者の、宿命だった。


 

 思春期を過ぎれば、身体の成長と共に技量も安定し、暴走は自制できるようになる。

 だからこそ、幼い頃から魔法管理省の職員に指導と監視を受け、魔法学園に入学すれば今度は学園の監視下で制御と正しい使い方を学ぶ。


 そうやって、卒業する頃には、誰もがコントロールできるようになるのだ。

 適正者が漏れなく魔法学園に入学できるよう、彼らにおいては、学費・寮費は全額免除となっている。



 だが、その道を外れる者もいる。

 適性を持ちながら魔法管理省の目をかいくぐり、学園に入らず放浪する者たち。


 彼らは犯罪や事故を引き起こす結果となる事が多く、世間からは恐怖の目で見られてきた。


 

 今、目の前で苦しむスグルは、まさに皆が怖いと言う「暴走」の姿だった。

 能力があるからこそ、制御が出来なければ災厄となり、人も物も傷つけてしまう。



 サクラは立ちすくむ。大変なことになった。


 先生を呼びに行く余裕は無さそうだし、スグルが言ったように放って逃げる事も出来ない。

 そして、自分にこれを止める力もない——


 

「うぅうッ……」

「ウィストくん……っ」

 


 苦しそうなスグルの前で、オロオロとサクラは文字通り右往左往するしかなかった。

 どうすればいいのか分からない。目の前で、彼の身体から黒い光が溢れ出して行く。

 

 

「……リリーバレー……っ」

 

 かすれた声が届く。


 おそらく「逃げろ」と言いたかったのだろうが、サクラにはそれが、「助けて」に聞こえた。


 

 きっと、これまでにも、こうしたことが何度もあったのだ。

 

 そのたびに、周りは逃げたのだろう。

 苦しむスグルの目に映るのは、いつだって、背を向けて遠ざかる人々の姿。

 

 ずっと、幼い頃から、そうなのだ。

 それを仕方ないと思うほどに積み重ねてきたのだ。

 

 

 

 『私は、怖くないよ』

 

 

 

(自分で言ったんだよ!)

 

 怖がられているからと卑下するスグルの事を、怖くないと言ったのは、サクラだ。

 

 正直、この状況が怖くないといえば、嘘になる。黒魔法で出来た背中の傷の事を思えば、足だって震える。

 

 でも、あの時、助けようとして握ってくれた手の温かさは、怖いものではなかった。

 

 その手から、逃げたくない——


 

 気づけば、足が勝手に動いていた。

 目の前の黒い渦へ、腕を伸ばす。


 バチバチと黒魔法の障りがサクラの腕を締め上げ、弾こうとする衝撃波が身体ごと揺さぶる。


「リリー……」

「大丈夫だよ! どうしたら助けられる!?」



 サクラはそう叫んで、信じられないという顔をしたスグルの腕を、両手でぎゅっと掴んだ。

 

 

 その瞬間。


 

 ゴォッ



 轟音が走った。



 風が吹き荒れ、サクラの髪を激しく巻き上げる。

 

 黒い奔流が一気に消え、二人を包むように淡い光が生まれた。

 

 


 ──それが収束し、ぽんっと、彼の黒髪に大きな白い花が咲く。



「…………は?」

「……あれ?」

 


 異様な静けさが訪れる。

 

 枯れた花壇の草花も、ひび割れた地面も、何事も無かったかのように元に戻っている。


 自然の音だけが並木道に響いていた。


 

 

 先ほどまで荒れ狂っていた魔力の唸りもなく、鳥の声が静かに並木の上から聞こえている。



 寮に帰るよう促す、学園の鐘の音が聞こえてきた。




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