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14.「便り猫③」

 


 夕暮れの校舎裏。


 人の少ない石畳の道を、サクラとスグルは並んで歩いていた。


 茂みを見たり、ベンチの下を見たりと、よく猫を見かける場所を探しているが、赤い首輪に手紙を挟んだ、シルバーの毛色の便り猫は居ない。



「そもそも便り猫って、普通の猫がいる場所にいるのかな」

「知らねぇ。便り猫は使った事もない」


 

 雑に言いつつスグルは立ち止まり、周囲の魔力の残滓を探るように目を閉じて杖を横に構える。

 自分の魔力を最小限に抑え、周りに漂う大小の魔力の欠片を察知しようとしているのだ。

 黒髪が風に揺れ、夕焼けの光を透かした。


 当初、サクラが怖いと思った鋭い目付きは、閉じると幾分か穏やかに見える。


 

 サクラはその横顔を、ぼんやり眺める。


(……いい顔してるんだよね)

 

 無愛想ではあるが、魔法を使う時のスグルの真剣な振る舞いは、サクラにとっては憧れる格好良さがある。


 魔法が思うように使えるのは、どんな気分なのだろう。魔力量が多いと、どんな感覚がするのだろう——



「……こっち見るな」

「えっ」

「気持ち悪い。集中出来ねぇ」


「えぇ……?」


 ちょっと見すぎたかもしれないが、気持ち悪いとは酷い言い草だ。サクラは頬に空気を含ませて、不満げに反対側を向いた。


 スグルの頬が赤い事など、気づくよしもない。




 スグルの杖先が、わずかに震えた。


「……小さい生き物の魔力だ」


 低い声が、確信を持って響く。

 

 

 気配を辿り、校舎裏から礼拝堂の前の道に出ると、学生寮へと続く道があった。


「ここを通ったのは通ったのか……」

「すごい……!」



 サクラは感心するが、スグルは首を横に振る。

 それ以上の進展はなさそうだが、どうやら道中の職務放棄ではないらしい。



 スグルは数瞬考えて、言う。



 

「……黒魔法のひとつに、人探しがある」


「えっ……?」



 解決案ともいえるものに、サクラは目を丸くする。


「呪術だ」

「じゅ……っ」

 


 呪術。

 響きこそ不気味だが、本来はおまじないの一種だ。


 媒介に魔力を込め、願掛けを確かなものにする程度なら生活の知恵として認められている。

 反面、人に害を及ぼす呪いは厳禁とされ、魔法省によって固く禁じられていた。



 そもそも、呪術は黒魔法の適性者でなければ扱いきれず、習得が流行することもない。

 適性を持つ者は幼少の頃から自らを律することを叩き込まれるため、平穏な均衡を乱す存在はほとんど現れなかった。



 

「……ナッシュのペンを媒介にして、呪術を試してみる」

「それでペンを借りてたんだ」


 手紙を書いたペンで、そのインクを辿るつもりなのだろう。


「……正直、便り猫に効くかはわからない」


 猫は猫でも、魔法を纏った猫だ。それが反応するか否かは未知数という事だろう。


 片手で持ったペンに杖先を向け、スグルは詠唱を始めた。




「闇よ影よ、見えざる糸となれ

 滴る墨に刻まれし記憶を結び

 迷える者の歩みを示せ」




 杖先に黒い光がじわりとにじむ。


(これ、どうなったら成功といえるんだろう)



 呪術についての知識がまるでないサクラにはわからない。

 ただ、スグルの杖先から出ている光を眺めるだけだった。

 

「…………?」

 




 空気が、急に張り詰めた。


 

 男子寮へ続く並木道。

 夕暮れの光が差し込む、その景色が、次の瞬間、歪んだ。

 

 スグルの足元から黒い光が溢れ出し、空気が震え、地面がうねる。


 枝葉がざわめき、鳥たちが一斉に飛び立つ。 

 


「……っ!」



 スグルが動揺した声の詰まりが、はっきり聞こえた。


 周囲の空気が震え、地面が音を立てはじめる。


 杖からではなく、スグル自身から黒い光が迸るように出てくる。



「えっ……なに??」

「……リリーバレー」


 吐く息と共にサクラの名を呼んだスグルは、次の瞬間、しゃがみこんで地面に手をつく。


「逃げろ……ッ」



 やっとのことでその言葉を口にした途端、スグルの身体は黒い光に包まれる。



「ウィストくん!」



 黒い光が地面を這い、それに触れた周囲の花壇の花々が一斉にしおれ、石畳がヒビ割れる。


 スグルの瞳はかすかに赤く濁り、力を押さえ込もうと歯を食いしばって地面に杖を立てていた。



(これが暴走!?)




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