13.「便り猫②」
翌夕暮れの中庭。
夕焼け色のいつものベンチに早めに座り、サクラはスグルを待っていた。
「……?」
いつものように座ろうとして、サクラが先に座っていた事に驚いて、スグルは一瞬たじろぐ。
ローブは畳んで膝に掛けて隠すように抱えている。
本人曰く、まだ生徒会長だと周りに知られたくないという事だったが、いずれ知られる事だろうにと、そのあたりの感情はスグルには理解できない。
「……こんにちは、ウィストくん」
「……ん」
待たれていたと気づき、バツが悪くて間隔を空けてベンチに座る。
人と待ち合わせなどした事がなかったので、待つより待たれるほうが気まずいという事を、はじめて知った。
「あのね、メリ……監督生の子に頼まれたんだけど」
どうしたと聞く前にしゃべり始めたサクラに、面食らいつつスグルは黙って聞いた。
相槌もまともに打たない相手に向かって、喋り続ける事が出来るサクラに感心してしまう。
一通り喋り終わると、サクラはふぅと息をついた。
そこでようやく、二人の間にかなりの間隔がある事に気づいて首をかしげる。
「話、聞こえてた?」
「…………ああ」
わざと座る間隔を広くとっているのは、昨日うっかり抱きとめてしまったせいだ。
妙な誤解をされたくないし、それ以上に、まだ平常心でいられない自分もいて、スグルは自分の未熟さを痛感する。
誤魔化すように少し大きな声で聞き返す。
「……で、便り猫?」
「うん。探して欲しいんだって」
こちらの顔色を伺うように斜め下から伺うように見てくるサクラの視線がむず痒く、居心地が悪い。
ため息をついたあと、短く言う。
「くだらねぇ」
「く、くだらなくないよ!ラブレターなんだよ!」
反論するサクラの声は少し怒りを含んでいる。
女の子が男の子に、周りに内緒で届けたい手紙というと、十中八九ラブレターでしかない。
自分の恋心の行き先が分からなくなってしまうなど不安に違いない、とサクラは思っているようだが、スグルにとっては理解し難い感覚だ。
ラブレターが失敗したなら、直接言えばいいのではないか。そもそも、猫を使って恋文など、回りくどい気がする。
「きっと、勇気がいる事だったはずだよ」
それはお前の思い込みだろうと思っても、反論しても火に油だろうなと言う事は分かるので、スグルはしばし黙り込んでから、ゆっくり立ち上がった。
「……行くぞ」
「えっ」
「探すんだろ、猫」
顔を背けたままの低い声に、サクラは口角を思いきりあげた。
「うん!」
「……便利屋じゃねーっつの」
「……それは私も思ったけど」
夕暮れの風が二人のローブを揺らす。
こうして、生徒会としての最初の仕事――迷子の便り猫探しが始まった。
「……えっ」
メリアに紹介されて待ち合わせ場所にやってきた、長い髪を一束にまとめた一年生、アルカナクラスの女子生徒は、スグルの姿を確認すると驚いた様子を隠そうともしなかった。
「ウィストさん……?」
どうやら、アルカナクラスでは遠巻きにされているスグルが、人と——それも他クラスの女子と行動しているといった様子が珍しいようで、しばらくサクラとスグルを交互に見て物珍しそうに口に手を当てていた。
「あ……、失礼しました。私はティア=ナッシュと申します。アルカナクラスに所属しています」
そう言って、ローブの端を持ってお辞儀をする様子に育ちの良さを感じる。
スグルは何も言わないので、慌ててサクラは自己紹介をした。
「私はセレスクラスのサクラ=リリーバレーです。メリアに頼まれてお手伝いに…」
スグルのことは紹介するまでもなさそうだ。
生徒会である等とは、やはりまだ口にできなかった。
「えっと、それで、猫のこと……」
「そうなんです!」
サクラが言い終わる前に、ティアは前のめりにサクラの両手を握る。
「三日前に召喚して、手紙を渡して頂こうとしたんですが、一向にお相手に渡った気配も無いし、猫は戻ってこないし……」
泣きそうな顔で憂うティアに、サクラは同情を禁じ得ない。
大切な想いごと、どこかに消えてしまったような気持ちがするのだろうなと、勝手に想像する。
「メシはちゃんと媒介したんだろうな」
不躾に聞いたスグルに、ティアはおっとりとうなずく。
「もちろんです。学園で手に入る最高級品を用意しました。銀貨十枚のものを」
ということは、媒介(餌)に不満があって、サボっているという事もなさそうである。
「銀貨十枚……!」
サクラの大好きなクッキーが二ヶ月分くらい買えてしまう価格だ。
立ち居振る舞いといい、ティアは名家のお嬢様なのかもしれない。
「どこの誰に出したんだ」
不躾に聞いたスグルに、サクラは慌てて「ウィストくん!」と窘めた。
ラブレターの宛先がどこの誰かなどと、聞いていい事なのだろうか。
「聞かなきゃどうにもならねーだろ」
ティアも一瞬躊躇う素振りを見せたが、すぐに顔をあげて「ルーンクラスの、ネモ=ブリジットさんに」と答えた。
二人とも、別クラスのネモという人物を知らず、首をかしげる。
入学して二カ月弱。他のクラスの事など、ほとんど未知の世界だ。
「……あの、男子の、監督生です……だから、メリアさんには、伝えそびれてしまって」
なるほどとサクラは頷く。
監督生同士の会合などで、恐らくメリアはネモのことを知っている。
知り合いには、気まずくて言いづらい事だったのかもしれない。




