10.「ベンチのミニミニ会議」
「えっ——…」
寮の自室のティーテーブルで、メリアが驚きの声をあげた。
「ウィストって……あの、ウィスト?アルカナの?」
ティーテーブルには、山盛りのクッキーの皿と、紅茶のカップが二つ。
サクラはクッキーをつまむ手を休めることなく、コクリと頷いた。
食べることが大好きなサクラは、メリアの三倍は余裕で食べる。皿に山を築いたクッキーも、放課後の学食で多めに注文したサクラの成果だ。
「ふぉうなの、ひつはふぉてふぉひゃひゃひくへ……」
「……飲み込んでから話して」
メリアは上品にティーカップを持つと、サクラの咀嚼を見守る。サクラのリスみたいな食べっぷりは気に入っているので、待つ事は苦痛ではない。
一息つき、サクラはこれまでの経緯を説明した。
「次から次に、驚くことばかり聞かされてるわ。いつの間にそんな仲に?」
メリアが肩をすくめてそういうと、サクラは曖昧に笑って言う。
「怖がられてるけど、優しい人だと思うんだ……」
「そう……」
メリアとて、彼の事は噂でしか知らない。
魔力が暴走しないか気をつけて見るようにという、監督生に対する教師陣の依頼が億劫だったくらいだ。
引っ込み思案のサクラが優しいというのであれば、そういう面もあるのだろうか。
メリアは曖昧に頷き、もう数枚しか残っていないクッキーに手を伸ばした。
「でも気をつけてよね、生徒会長さん」
「生徒会長やだ~」
億劫な事を思い出して、サクラは椅子の背もたれに身体を預けた。
風紀員と記録員。
サクラはあと二人、選ばなくてはならない。これ以上知り合いもいないし、メリアの友人を頼るのも気が引けるし、どうしたら良いのか分からなかった。
「ウィストくんなら、知り合いいるかも」
ふと、そんなひらめきを得た。
「知り合いなんか、いるわけないだろ」
中庭のベンチに座ったスグルの冷たい声が、同じく横に腰掛けたサクラに重たくのしかかった。
特に待ち合わせをした訳でもないが、昼休みと放課後、スグルは何をするでもなく、このベンチに座っていた。
サクラがそこに寄っていき、話をするというスタイルがこの二日くらい続いている。
クラスが違う上に、まだ授業もかち合う事がないため、明確な連絡手段も決めていない二人は、なんとなく会えるこの場所で話をしている。
そろそろ連絡手段を使ったほうがいいなとサクラは思いながらも、男の子に連絡をとるという行為はちょっと緊張する。
オーリッド魔法学園の生徒が互いに連絡を取る手段は、直接会うこと以外では大きく二つある。
ひとつは、学園公式の伝令の翼。
学園に所属する全てのフクロウは、手紙を正確に届けるよう教育されている。
寮や教室にある、専用の止まり木に止まっている時に手紙を預ければ、相手まで飛んで行ってくれる。無償かつ便利ではあるが、教師や寮監、監督生の目にも触れやすいため、内容を覗かれてしまう危険がある。
もうひとつは、非公式ながら多くの生徒に愛されている、便り猫。
簡単かつ小さな術式で呼びかけると、どこからともなく現れる猫が、手紙をそのまま届けてくれる。手紙だけではなく、声や気持ちもそのまま伝えることができるため、友人や恋人への秘密のやり取りに重宝されていた。
もっとも、気まぐれな猫であるため、途中で日向ぼっこや寄り道を始めて遅れることもある上に、報酬としてそれなりのキャットフードを用意しないといけない。
どちらも、今の二人が使うに至る理由がないものだった。
それに、こうやって話をしに行くのも、待ち合わせのようで、サクラは少し楽しいのだ。
生徒会に入ってくれる知り合いはいないかと聞いたサクラに、スグルはややムッとした顔で続けた。
「だから、俺は嫌われてるっつったろ」
「うーん……」
そうだったねとはさすがに言えず、言葉を探すサクラにスグルは畳み掛けた。
「誘える人間がいないって、お前も嫌われてんのか」
「違うよ!?」
——違うと思いたい。
仲良しどころか、クラスメイトとまともに話した事がないため、それ以上の否定は出来なかった。
「ウィストくんは、寮の、同室の人とも仲良しじゃないの?」
「黒魔法適正者は、全員個室だ」
「えっ、贅沢!」
優遇というよりは暴走対策なのだろうが、彼ら適正者への特別扱いぶりを実感する。
でも、独りはちょっと寂しいかもとも思う。
メリアとのティータイムはサクラの好きな時間のひとつになっているし、ひとりぼっちの夜は寂しいものだ。
言いぐさから察するに、彼は、ずっとひとりぼっちだったのだろうか。
心配のような気持ちがサクラに湧くが、口にすることは失礼かもしれないとも思う。
今日も、役員確保についての進展はなさそうだ。
寮に帰るよう促す、夕方のけたたましい鐘の音にスグルが立ち上がる。
いつまでにメンバーを集めなさいと期限を言われた訳では無いが、焦りがある。
もしかして、このまま集まらなかった方が、生徒会長にならなくて済むのではないかと思ったりもしたが、そうなると、スグルとの縁が切れてしまいそうで、それは何だか、嫌だった。
紋章が刻まれたローブを着る気にはまだなれず、サクラは予備のローブを羽織っていた。
サクラも立ち上がり、スグルの横に並んで中庭を歩く。
メリアと同じくらいの背丈だろうか。サクラよりは高いが、男子にしては小柄なスグルの横は威圧感がなく、特に会話がある訳でもないが、この居心地はサクラにとっては悪くなかった。