9.「創造魔法??」
魔法の多くは、火や風のように自然の力を借りて操る。
治癒魔法などもまた、生命力をなぞることで成り立っている。
それらは一般的に「白魔法」と分類されている。
一方で、「黒魔法」はその対極にある。
呪術や物理的な攻撃、精神操作、魔物召喚など、自然に由来しない術式を扱うため、習得には生来の資質が欠かせない。努力だけでは決して到達できない、崇められ、恐れられる領域だ。
だが「創造魔法」は、白魔法でも、黒魔法でもない。
無から有を生み出す力。
世界に存在しないものを創り出すという、魔法の根幹すら揺るがすものであり、素質を持っているのは選ばれたほんの一握り。努力では届かない、生まれつきの天賦の才。まるで神から授けられたような奇跡の力。
錬金術や調合は、既存のものを組み合わせて新たな性質を引き出す。対して創造魔法は、思い描いたものをそのまま現実に顕現させる。
花びら一枚でも、それは世界の理に抗う神の技。
だからこそ、創造魔法の使い手はいずれも歴史に名を残し、同時に羨望を集めてきたのだ。
『創造魔法なんてどこで覚えた』
スグルの問いに、サクラはキョトンと、首を横にゆっくり振った。
まず、何を言っているのか理解出来なかった。
「創造魔法って、何……?」
物語や伝記、ニュースで聞いた事はあるが、見た事はもちろんない。
ましてや使うなど、出来るはずもない。
こんな初歩の治癒魔法ですら、上手くいかないのだ。
「あ、あのね、知ってる、知ってるけど、私は知らないというか…」
困ってしどろもどろに説明するサクラ。
返答に困るサクラを見て、スグルは改めて考える。
彼女に何度も咲かされた頭の花。
あれは転移魔法でもなければ、物と物を入れ替える交換魔法でもない。
種から一瞬で育てる育成魔法でもない。
存在したはずの花が、ふわりと消えてなくなる。
まるで最初から「なかったもの」を、一瞬だけこの世に呼び出したように。
それは、創造魔法の最たる現象だった。
もし、リリーバレーが本当に創造魔法を使えるのだとしたら——
とんでもないことだ。
学園どころか、このラバンフィードという国全体を揺るがしかねない。
黒魔法の適正持ちは、スグルも含めて学園には現在十人程、世間には何千人といるが、創造魔法の才を持つ者など、国中で三人も存在しないだろう。
黒魔法とは違い、扱い方が分かる教師などいないし、授業もない。
創造魔法が使える者は、その使用方法すら、その才覚で独自に創造するのだという。
久しぶりに、スグルの背をぞくりとしたものが這う。
可能性の話をしたらキリがないが、少なくとも、目の前でぽやんと自分を見ている女子生徒は、無から有を発生させていた。
彼女自身にまるで自覚がなく、何故か自分の頭によく咲く何か、という物でしかなかったが、これは——
「いや、何でもない」
考えあぐねて絞り出した言葉に、サクラは一層首を傾げる。
「忘れてくれ」
未確定の話で、本人を混乱させるのは本意ではなかった。
魔力量、技術、どの点からも彼女が創造魔法を使えるようには思えない。勘違いだったら恥をかく。
スグルは、額にじわっと滲んだ汗を手の甲で拭って、乱れたローブを羽織り直した。
やや腑に落ちないという顔のサクラだったが、「じゃあ」と右手を差し出した。
「副会長……よろしくお願いします!」
すっかり傷が治ったサクラの柔らかい手を、スグルは一瞬だけ握り返し、すぐに、汗を拭った手だったと気付いてほどいた。
謎の気恥しさと、先程の疑念に対する動悸がこみあげて、サクラを直視できなかった。