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石の魔女と嘘の冠  作者: 梧桐ヱソラ
一、 石の眠りから目覚めて
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石の眠りから目覚めて (2)

 広い石畳の通路を、セジットはマントをかけられたまま、リュノに抱きかかえられて運ばれていた。民衆の目を避けるように、停めてあった馬車へと導かれたのだ。


 馬車の中には、銀糸で装飾されたクッションや天蓋が揺れていた。まるで王族用かと見紛うほど豪奢な造りだった。


 柔らかな座席の上に、リュノはまるで果物でも並べるようにセジットを下ろした。


「あの――」


 セジットが何か言いかけるより早く、リュノがぐいと顔を近づけて来る。

 その距離の近さにセジットは思わず言葉を忘れ、身を退く。


「まずは答えろ、魔女よ。――あの夜、あれから聖女様はどうなった!?」


 これまでの冷静な態度から一変して、リュノの口調にはなりふりかまわぬ必死さが漂っていた。

 その迫力に気圧されるまま、セジットはぽつりぽつりと答える。


「知らないわ……ふたり揃って石像になって、それから後のことなんて、あなたたち以上にわからない」


 リュノの顔に小さな驚きの表情が浮かび、それはやがて深い落胆と絶望へと変わっていった。


 その表情を見てセジットも察した。


 どういうわけか、聖女の行方はわからない。だから人々は、石になったセジットを聖女だと勘違いしたのだ。


 リュノはきつく拳を握りしめ、傍らの馬車の扉を殴りつけようとし――理性で踏みとどまった。


「聖女の行方を知っているとしたら、それはわたしだけ……だからあなたは、わたしが聖女でないと知りつつも、わたしの像を守るしかなかった」


 リュノは大きく息をつき、うなずく。「ああ。魔女の像だなどと言えば、怒り狂った民衆に打ち壊されるに決まっているからな」


 想像して、セジットは小さく身震いする。


「でも……わたしの魔術の効果はこのとおりよ。ただ、石になって長い時間を過ごすだけの呪い。聖女をどうこうするような力なんてないわ」


 石になった本物の聖女は、何者かに連れ去られてしまったとでもいうのか。それとも……。


 いや、他人のことを心配している場合ではなかった。

 正直に話してしまったからには、リュノたちにはもう、セジットを生かしておく理由はないということだ。


「……殺しはしない」


 セジットの考えを読んだかのように、リュノは静かにそう行った。


「民衆はお前を聖女だと信じている。この七年間、それが人々の支えだったのだ。聖女様が不在の今、それを公にするわけにはいかない」


 リュノは冷静さを取り戻し、まっすぐにセジットの目を見た。


「人々は聖女という“象徴”を必要としている。皮肉なことに、お前は魔女でありながら、この七年間、都合のいい“聖女”であり続けたのだ。命を保証する代わりに、その役目はこれからも続けてもらう」


「……ふざけないで!」


 セジットは叫んだ。


「私は魔女よ。聖女なんかじゃない。あなたたち帝国に追われ、仲間を殺され……それを……!」


 けれど、リュノの表情は微動だにしなかった。


「俺は、聖女を奪ったお前を許していない。お前が何を語ろうと、罪が消えることはない。だが……お前が“聖女”でいてくれるなら、少なくとも民は救われる。ならば、お前に生きる意味くらいは与えてやろう」


「……っ」


 目の奥が熱くなる。

 その憎しみと、使命感と、冷徹な理性。


 リュノは、決して味方ではなかった。かつての主を想い続け、セジットを敵と知りながら、彼女を利用するためにここにいる。


 マントの裾を掴んで、セジットはかろうじて震えを抑えた。

 セジットは、ぎゅっと唇を噛んだ。


 ――帝国にいいように利用されるぐらいなら、いっそのこと……。


 そのとき、セジットの胸にひとりの少年の名が浮かんだ。

 

 エイル。

 あの子はどうしただろう。無事に逃げ延びることができたのか。

 七年の時が経ったという。今はどこで何をしているのだろう。

 自分は今こうして生きている。もしかしたら、また会えるかもしれない。

 エイルがもし今どこかで苦しんでいるのなら、自分が救いになれるかもしれない。


 この状況では、まだ死ぬわけにはいかない。


「……わかった。……聖女として、あなたの望む役を演じるわ」


「ああ、それでいい」


 リュノの眼鏡が光を反射し、瞳の奥を隠した。


 彼の腕が再び伸びてきて、セジットにかぶせたマントをそっと整える。その動きは優雅で丁寧で、まるで本物の聖女を扱うようだった。


 ――セジットは黙って目を閉じた。


 この手にあるのは優しさではない。

 敬意でも、愛でもない。

 冷たい鉄のような執着と、亡き聖女への償いが、彼を突き動かしている。


 けれど。


 それでもセジットは今、帝国の“偽りの聖女”として、歩き出すことを選ぶしかなかった。

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