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【2】Jヴィレッジの暇つぶしはレトルト食品

【2】Jヴィレッジの暇つぶしはレトルト食品

原発で作業するには正門をくぐらなければいけないが、手前20k圏内は警戒区域だから一般服では行けない。まず20k離れたいわき市広野町と双葉郡楢葉町に跨っているJヴィレッジまでバスで行き、そこは東電の原発に入るための前線基地となっており、そこで防護服を着て全面マスクを持ち抱えて、1F往復専用のバスに乗り継いで行く。Jヴィレッジは電力会社が資金をだしてつくったサッカー場だ。今回の事故のために中継所前線基地に変貌した。サッカーグランドは駐車場と電力職員の宿泊プレハブに埋め尽くされた。

 Jヴィレッジの先は全面マスクを抱てデュポン製品の紙のようなつなぎ服であるタイベック(デュポンの商標)を着て綿手、ゴム手、軍足を付ける。その格好でバスを乗り換えて原発構内へ向かう。原発正門手前1kmのところでバスを停車させて、車内で全員が全面マスクを着ける。いわき市の事務所からJヴィレッジまでは40分かかる、着替えが20分、バス待ち時間が20分、Jヴィレッジから免震棟までは40分かかる。つまり毎日二時間かけて1F構内休憩所の免震棟までたどり着く。往復4時間だ。昼の休憩が1時間、都合5時間。免震棟の中で現場へ行くための着替えをして、現場から帰ってきて着替えをして、それが40分、免震棟から現場までが構内専用車両で往復20分、計1時間。ここまでで6時間。これに打ち合わせや待ち時間を加えるから実質の作業時間は1時間。

 放射能の飛散した3号機周りの現場では、その1時間もたたないうちに1mSv被ばくしてしまい、そそくさと帰ってくるのだった。なぜなら1日の被ばく線量は最大値が決まっており、年間も制限がある。企業によって異なるが3号復旧工事の場合は1日3mSvの制限があった。年間40mSv に達すると作業者証を返却して地元へ帰郷しなければならない。毎日3mSvの被ばくをすれば13日間で限界ぎりぎりの39mSvに到達して荷物をまとめて作業員宿舎を出ていかなければいけない。そこで作業員は収入を安定的に確保するためにはなるべく被ばくを抑えることを考える。

 APDという被ばく線量測定器を身に着けるがそれは警報設定値3mSvの1/5ごとに短いプレ警報音を出す。一回目の警報は0.6mSvだ。だいたいの作業員はその短いプレ警報を聞けば仕事を終わらせようとする。無理して頑張って3mSv警報まで作業を続けると13日で田舎へ帰らなければいけない。日当5000円と手当て併せて2万円。26万円で出稼ぎ仕事が終わってしまう。もし細く長くということで一か月2mSv以内で要領よくやれば1年で24mSv。限度は5年で100mSvだから約5年は毎日2万円の仕事が継続できる。月に25日として50万円になる。残業追加すると70万円前後になる。    

 しかし工事ストップがあるとその日の収入はない。日当は雑作業で1万円、特殊技能のクレーンオペで2万円。これに被ばく危険手当が東電から作業者へ2万円支給されるが、鹿山の契約社員は2万円そのまま支給されるが、下請け業者の場合は、5000円が一般的で、鹿山から支給される2万円のうち差し引きの1万5千円は下請け企業の積み立てとして内部留保される。積み立てが無ければ明日いきなり仕事がストップされる場合に日当も危険手当も0円になるが、その場合にも日当を支給するためである。


 Jヴィレッジは日増しに増える瓦礫撤去の作業員でごった返した。タイベックや下着の配給のための保管部屋はあるが、着替えの部屋というのは特になく、廊下やロビーなど隙間があればそこで着替える。そして作業から戻ってきてから着替える。概ね1時間で被ばく限度に達するので、昼にはJヴィレッジに帰ってきて、そして昼食をとる。

 昼食は電力会社が支給するレトルト食品で、ミネラル飲料を注いで発熱するカレーや丼物だ。通称モーリアンヒートパックと言われている。

 瓢タンたちは事務所にいてもすることがないのでJヴィレッジまで暇つぶしに往復した。

「おい、瓢タンよ、Jヴィレッジまで行って電力が支給してくれるレトルト食品食べて帰ってこよう」

 昼前になると佐木っつあんは毎日やることがないので瓢タンを誘った。JV職員のうち作業員証発行待ちの者は毎日Jヴィレッジまで暇つぶしの往復をしてレトルトの昼食を食べて帰ってくるのだった。

 1F構内作業できるまでの待機期間は作業員には日当が支払われる。その日当はゼネコンの持ち出しである。ゼネコン社員は月給制だから作業が無くても変わらない。

「きょうはレトルトの蒸気を天井まで届かせよう」

 自然飲料を注いで発熱するレトルトはタイミングよく封を開けると蒸気が天井まで届く。

「おい!きょうは天井まで届いたぞ」佐木っつあんはそう言って瓢タンに笑いを投げた。

 レトルトの蒸気を競って遊んで帰ってくる、あるいは二階のベランダで、そろそろ燕の季節になっており、ベランダの手すりに止まっている燕が指に止まるかどうかを競って時間を潰す。しがない一日が7月中旬まで2週間以上続いた。

 まだ原発作業する前に、全員が作業登録のためにWBCを受けて内部被ばくの測定をする。人の体は日常で普通は炭素C14やカリウムなど放射性物質を蓄えており、4000~6000CPMはカウントされる。Jヴィレッジの東電WBCホールボディカウンタはそれらを差し引いてセシウムCsの計数がカウントされる。この時期、作業に入れば誰でも2000~3000CPMはカウントされた。

 体重の多い人は自分の体で遮蔽してしまうので少なくカウントされ、体重の軽い人ほど遮蔽が少ないのでカウント数は高かった。

「おい、俺は1000cpmだ、一番少ないぞ」

 そう自慢する作業員に瓢タンは言った。

「あほか、それはお前が一番肥満だってことだよ。自分の脂肪で放射線を遮蔽しているだけだよ。」

 瓢タンが体重を聞いてWBCのカウント数を言い当てると作業員たちはその理屈を理解した。

 この時期にはWBCは毎月一回行った。

 柏から来たJV職員に作業前の受検でヨウ素が検出された。すでに3か月たっており、ヨウ素の半減期は8日なので水素爆発から7月10日まで約120日、半減期が15回過ぎているので0.5を15乗すると0.00003となる。1cpmの計数でも爆発時には33,000cpmのヨウ素内部被ばくしたことになる。10cpmならば33万cpmを当時内部被ばくしたことになる。

 逆に考えれば、登録前のWBCデータを調べれば東日本から原発に来た人たちののヨウ素被ばくの実態がわかるかもしれない。

瓢タン「今思えば、Jビレッジに東電執務室があって、報告書の書き直しとかで真夜中に呼び出されたりもして、昼間は作業員でごった返しているJヴィレッジも、真夜中は天の川がくっきり浮かんで静寂が漂っていたな。」

さらに続けた。

「いまは完全にサッカー場やラグビー場として復活したけど、もう15年経っているし。ただし、福島が復活したわけではない。いまだに茸は全面的に出荷制限だし、1Fも凍土壁失敗で地下水が止まらない。先が見えないよなあ。」

「茸の出荷制限は象徴的なんだけど、そもそも福島県の除染と言っても市街地だけだから、ほとんどの原野と山林は15年経っても未除染で、線量率が下がったのはセシウムが地下の粘土層に浸透しているからでさ。垂直の放射能密度は半減しているだけだろう。物理的にはセシウム134の半減期が2年半だから、それが減衰して残ったセシウム137の半減期は30年だから、粘土層にはまだまだ高密度の放射性物が詰まっているんだ。そういう高密度の原野と山林の中に低レベルの除染土があってもなんら問題ない。しかし県知事はその現実を直視できないのかなあ。県民全体が現実を知るべきだよ。双葉町の町長は除染土を双葉町内で保管するって表明したけどな。税金の使い方としてはそれが現実的だよ。」

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