6. 残念王妃の離宮隠遁事件 前編
今回は前中後編の三部になります!
離宮の位置のイメージは御所と二条城くらい。まあまあ近い。
「明日実家に帰りますね」
ある日の晩餐、王妃は唐突に王に告げた。
王はカランと音を立ててデザートスプーンを取り落とす。
「な、何故だ」
「おわかりにならない?」
不思議そうに王妃が問う。心当りが無いのかあり過ぎるのか、考え込んだ王を尻目に王妃はさっさと食卓を立つ。
「待て! す、すまなかった」
「すまなかった? 何がですの?」
「いやあの……」
「……ではそういう事で」
「待て待て待て! ええと……、あっ! あのメイドの件なら誤解……」
言いかけて、周囲を憚ってゴホンと咳払いをする。侍従は無表情を崩さず、給仕係は静かにスプーンを替えて下がった。
「……ともかく、実家は勘弁してくれ。家臣に無駄な憶測を呼ぶ」
ふう、と王妃はため息を吐き、
「では王子も連れて離宮で暫く静養致します」
「私もですか!」
と驚く王子に目もくれず、そのままふいと部屋を出て行く。
残された王は、何をやらかしたんだ父上〜! という王子の視線に耐えつつ、頭を抱えて食卓に肘をついた。
* * *
王宮のほど近く、南に下ったあたりにある離宮へ、使用人がバタバタと出入りする。窓を開けて風を通し、部屋を掃除し花を飾り、王妃の居所を整える。庭園にも手を入れ、ガゼボの周囲も美しく飾られた。
大きな荷物を抱えて離宮に運び込んだメイド長は、同じように荷物を運ぶ赤髪のメイドに目を留める。
「あら、あなた、新人?」
「はい、本宮の方から、お手伝いをするよう言いつかって来ました」
「そう。研修は受けた?」
「けん……あ、はい! 受けました!」
「そう。ならいいわ。研修の内容を忘れないでね、危ないから。さ、急ぎましょう。それはあちらの部屋に運んでね」
「危ない……? あ、は、はい!」
荷物を抱えて足早に去っていく赤髪のメイドを、少し首を傾げて見送ったメイド長だったが、その時王妃と王子の乗った馬車が到着し、離宮は一気に慌ただしくなった。
* * *
「いいお天気ねえ」
「ソウデスネ」
のんびりとした王妃の言葉に、王子はギクシャクと答える。
離宮の庭園にあるガゼボで、王子と王妃が寛いでいる。
少し高台になっているガゼボは、六角形の屋根の下、六方に向かって開くアーチ状の入り口から庭園全体が見渡せる。
四角や円を組み合わせて、綺麗に区画分けされた庭園は、区画ごとに低い柵やロープで仕切られ、それぞれに違う植物が植わっている。
緩やかな遣水が、ガゼボの足下を舐めるようなカーブを描いて庭園を横切り、幾何学的な美しさの庭にそこだけ自然な柔らかさを加えていた。
「薔薇が綺麗だわ」
「ソウデスネ」
「プリムラはもう終わってしまったわね」
「ソウデスネ」
「あちらの植込の緑が良「ソウデスネ」……い色ね……」
いつものように傍らに刺繍糸や針刺しの入った籠を置き、刺繍をしながらゆったりと過ごす王妃に対し、王子はそわそわした様子で、上の空で食い気味に相槌を打つ。
「もう、落ち着かないわねえ、王子」
ひと休みしましょう、と王妃は後ろに控えた侍女に声を掛けた。
「あなた、お茶を」
「はい」
綺麗なオレンジ色の髪をきちっと整えた侍女は、丁寧な仕草でお茶を淹れる。王妃は刺繍を一旦籠に片付け、ティーカップを取る。
「美味しいわ。腕が上がったわね」
「ありがとうございます」
「こういう勤勉なところがお気に入りだったのかしら、王子?」
「は、あ、いえ、ソウデスネ」
「もう、王子ったら、学園ではあんなに仲良くしていたご令嬢に、もう少し愛想よくしたらどうなの?」
ぷん! とむくれた王妃に、王子はおどおどと視線を揺らす。
王子が先ほどから落ち着かない理由は、この侍女にあった。
* * *
今は王の補佐に付いて真面目に政務もこなしている王子だが、数ヶ月前に学園を卒業するまで、彼は何人もの女生徒を侍らせて奔放な学生生活を楽しんでいた。
その頃よく手元に置いていたお気に入りの女生徒のひとりが、このオレンジの髪の子爵令嬢である。
ちなみに、お気に入りはあとふたり、青髪の男爵令嬢と赤髪の平民の娘だったが、卒業後は一切連絡を取っていない。
忘れようと閉じた過去の扉から突然現れた彼女に、王子は動揺を隠せなかった。
* * *
黙ってしまった王子に、王妃は不審げに声を掛ける。
「王子?」
「ハイッ! あ、いやあの、なんでここにいるのかなーなんて思いまして……」
「ああ、そうね。卒業後に私の侍女として召し上げたのよ」
「そ、そうでしたか。宮仕えがしたかったなんて、知らなかったなー、ははははは」
と王子は乾いた声で笑い、紅茶に口をつける。
「宮仕えしたかったと言うか、行き場がなかったのよねぇ」
王妃が侍女に目を向ける。
「在学中、王子が変に絡むものだから、婚約破棄されてしまったのよね?」
ぶ、と王子は紅茶を吹き出した。
「な、え? そ、そんな……、ど、どういう……」
「あら、知らなかったの?」
と王妃が目を丸くし、オレンジの髪の侍女は苦笑しながら説明する。
「私が王子殿下の側室に望まれていると誤解した婚約者が婚約破棄を申し入れて来て、父も同様の勘違いをして破棄が成立したのです」
「えっ!」
王子は驚愕の声を上げる。
「そそっ、そんな事を言った覚えは……」
……言った覚えはないが当時はそんな事も考えていたし態度にも出ていただろう。彼女に纏わりついていた男子生徒を睨みつけた覚えもある。
まさかあの令息が……婚約者? そう思い至って王子はもごもごと言葉を濁した。
「……それで、卒業後ぱったりと殿下からの連絡が途絶え、私は実家での立場も嫁ぎ先も無くして、ただ肩身狭く過ごすしかなくなっておりました」
「ううっ……!」
すっ、すまなかった、と王子はテーブルに叩頭する。
侍女は微笑み、いいのです、と答える。
「当時は私も考えが浅く、王子様に声を掛けられて舞い上がっていましたから、自業自得なんです。ほんと、調子に乗ってバカみたい……」
と少し苦いものを噛んだような顔をしたあと、侍女はパッと笑顔になる。
「でも、最近やっと婚約者の誤解が解けて、再度婚約を結び直せそうなのです」
「まあ!」
王妃が嬉しそうに言う。
「良かったわね。王子とは仲良しなだけで、男女の仲というわけでもなかったものね」
「そうですね……、けど私、学園では殿下にずっと付いて回っていて、それは誤解されますよね」
「あら、王子が呼びつけていたのでしょう? 子爵家が王家に逆らうことなんてできないじゃない、仕方ないわ」
「……それはそうなんですけど、私、愚かなことに殿下の隣で優越感に浸っていたんです。高位令嬢より私のほうが可愛いんだわ、なんて……。変な噂が立っても、妬んでるだけだわ、と思い込んで」
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした、と侍女は頭を下げる。
「ああ、あの王子専用娼婦だの低身分ハーレムだのの下世話な噂ね。気にしないのが一番よ」
「そんな事を言われてたのか……」
王子がショックを受けた顔でボソッと呟く。
そこで、侍女がパッと頭を上げる。
「いえ! それがですね、『宮仕えの予定があったので、学園でも殿下の身の回りのお世話をしていただけだった』という話にいつの間にかすり替わっていて……」
「まあ! 不思議ねぇ」
王妃は本当に不思議そうに言う。
「多分、あなたが真面目によく勤めていたから、悪評を一掃できたのね、よく頑張ったわね」
「いえ、王妃様……、王妃様ですよね?」
「なにが?」
王妃は首を傾げたが、侍女は何かを確信しているようだ。
「本当に、ありがとうございます……っ」
侍女は少し涙ぐんでいるようだ。王子は居心地悪げにもぞもぞと座り直し、もう一度深く頭を下げた。
「本当に申し訳なかった。そんなことになっているとは思いもしなかった。少し考えれば分かることだったのに、無責任だった」
王子は反省しきりである。
「そうね、放置は良くなかったわね。あんなに可愛がって、アクセサリーも沢山贈ったのにねぇ」
王妃の言葉に王子はギクッとし、侍女はハッとして、慌てて頭を下げる。
「失念しておりました、申し訳ございません! すぐに頂いたアクセサリー全て、王家にお返し致します」
「ええ、なるべく早く、全部返しなさいね」
さらりと言い放ち、刺繍を再び手に取った王妃は黙って刺繍針を動かし続ける。
沈黙が落ち、侍女は頭を下げたまま顔を青褪めさせる。それを見かねて、王子が口を開いた。
「母上。悪いのは全て私です。彼女を責めるのはやめていただきたい」
「責める?」
きょとんと王妃が王子を見る。
「そうです、贈り物を全てすぐに返せとは……」
「あら」
王妃は首を傾げる。
「婚約を結び直すのなら、そんな黒歴史のようなものは手元に置かないほうが良いのではなくて?」
「くっ、黒歴史……!?」
グッと声を詰まらせた王子に構わず、王妃は侍女に笑いかける。
「ご婚約が整ったら、私から改めてアクセサリーセットを贈りましょうね。ずっと上品でもっと本当に似合うものをね」
「王妃様……!!」
感動的な主従の姿のその影で、王子は両手で顔を覆ってがくりと肩を落とすのであった。
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