3. 残念王妃の失敗作による間諜陥穽事件
1.2の続編の短編の再録です。やはり1000文字縛り。
1の事件の、その日の夜のお話。
王様と王妃様がじゃれてるだけのお話です。残念王妃でも家族は仲良し。
「王妃、指を傷つけて刺繍をひとつ捨てたと?」
王は私室に戻ってくるなり心配そうに王妃の手を取る。
「まあ、お耳の早いこと。大丈夫ですわ、針傷なんてすぐ消えます。刺繍も、今回はふたつ作りますので、ひとつは仕上がっていますよ」
王妃は王に刺繍のタペストリーを渡す。
王はそれを机に広げながら、
「ふたつ?」
と問う。
「今回の図案は兄が西の隣国で見つけてきてくれましたの。出発時にお世話になったとかで、同じ物をもうひとつ、西の辺境伯様に、とのことでした」
「そうか。……しかし、このような図案、いつもどうやって手に入れてくるのだ、君の兄上は」
「兄は旅が趣味ですから」
「趣味ねぇ……」
王は刺繍を指でなぞり、ぶつぶつと呟いては考え込む。
「そんなに触っては刺繍が傷みます……」
「ああ、すまない、つい。……図案は義兄上だが装飾の工夫は君だろう? 美しいな」
王は一歩離れて全体を見る。
「わたくし、刺繍だけは得意なのです」
「だけ、ね」
王はふっと笑う。
「捨てた物は残念だったな。適切に処理をしたか?」
「ええ、新人のメイドに処分を言いつけました。糸も布も絹ですから、解いて売ってお小遣いにするよう言いましたの。
でも、大丈夫かしら、無精をしてそのまま売らないといいけれど……。
これとは別の装飾にしてみたのですけど、簡素すぎましたし、少し間違えてしまいましたの……。あんな失敗作が世に出たらどうしましょう」
そことここを間違えて……、など、王妃は何ヶ所か刺繍を指さす。
「……なるほど、上手く使えばネズミが炙り出せるか」
王はひとりで何かに納得している。
「ネズミ!?」
王妃はブルッと身を震わせる。
「いやですわ陛下、わたくし怖いです」
「わかったわかった、速やかに処理しよう」
王は笑って、王妃を抱きしめる。
「そういえば、王子に、失敗作は捨てて新しい作品を作り直す、と言ったそうだな。王子が部屋に籠もってしまったぞ」
「まあ、なぜ?」
「王子なりに考える時間がいるのだろう。……では我々は、新しい作品の準備でもするか?」
王は王妃の頬に口づけを落とす。
「ああ、新しい作品!」
王妃はするりと王の腕から抜け出し、
「もうひとつの刺繍を仕上げなくては!」
と部屋を出ていってしまった。
「うーん……刺繍に負けたか……」
苦笑する王の耳に、ノックの音と、父上……、というか細い声が届く。
王は軽く咳払いし、威厳のある声で、入れ、と答える。
月が、平和なこの国を優しく照らしていた。