1. 残念王妃による婚約破棄未然防止事件
明日は王立学園の卒業式。この国の唯一の王子は、冷淡な婚約者よりも、朗らかで優しい平民の女子を婚約者にしたいと目論んでいる。王は怖いが、政務にも参加せず刺繍ばかりしている王妃なら、簡単に誤魔化して味方につけられるだろうと挨拶に行くが……。
「なろうラジオ大賞6」応募作の再録。1000文字制限。
「明日は学園の卒業式です。ここまでお見守りいただき、ありがとうございました」
お茶のテーブルを挟んで王子が言う。
王妃は刺繍の手を休め、にっこりと王子に笑いかけた。
「……母上は相変わらず刺繍がお好きですね」
「そうね」
ふふっ、と王妃は笑う。
王妃はあまり政務に関わらない。
いつも刺繍やお茶会など、王子から見て無為な事に時間を費やしている。
王子の目には僅かに軽蔑の色が見えるが、王妃は気づかないのか、にこやかに話を続ける。
「王子もお寂しくなりますね、卒業したら会えなくなるお友達もいるでしょう?」
「そうですね」
「オレンジの髪の子爵令嬢とか、藍色の髪の男爵令嬢とか」
げふっ、と王子はお茶に咽る。
「な、なんで知っ……」
「一番のお気に入りは、赤い髪の平民の方ね。その方はもちろん、ご令嬢方とも今後は気軽に会えませんから、明日はきちんとご挨拶して差し上げてね」
(円満に別れろ、という意味か?)
王子はキリッと姿勢を正し、
「母上」
と真剣な声で言った。
「なあに?」
「私は、卒業後も今の交友関係を大切にしたいと思っています」
「まあ、そう」
「婚約者の侯爵令嬢はあまり……、謙虚さがないと言うか、私に気に入られようという努力をしないと言うか……」
「……そう?」
「なので、私は明日、婚約を破棄……」
「痛っ!!」
王子の言葉を遮るように、王妃が小さく悲鳴を上げた。メイドたちがあわてて駆け寄る。
「王妃様!」
「針で指を刺しちゃったわ……」
「お珍しい……。お指をこちらへ、消毒いたします」
「王妃様、せっかくの刺繍に血がついてしまいました」
「まあ、本当ね。仕方ないわ、捨てておいて」
「えっ」
王子が驚いた声を上げる。
「こんな小さな汚れで? ほぼ出来上がっている作品を捨てるのですか?」
「だって、王家の紋章に赤い染みなんて」
「でも、その程度……」
そこで、王妃はパッと笑顔になり、急に明るい口調で言う。
「大丈夫よ、失敗作はさっさと捨てて、作り直せばいいだけですもの」
言いながら、王妃はそっと自分のお腹を撫でる。
ヒュッ、と音を立てて息を吸った王子は、
「ま、まさか……」
と声を震わせる。
「あら、顔色が悪いわ、どうしたの?」
「いえ、なにも! すみません、ちょっと……失礼いたします」
よろよろと下がっていく王子の背を、王妃は残念そうに見つめた。
「……お腹が空いたから何か食べましょうって誘うつもりだったのに」
翌日。
卒業式は何事もなく円満に終了したのであった。