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残念王妃の小さな事件簿 ―刺繍の好きな王妃様は、今日もほわほわと周りを振り回しているようです―  作者: 青風ぱふぃん


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6. 残念王妃の離宮隠遁事件 後編

 静寂の中、ガゼボに涼やかな風が吹き抜ける。


「奴隷を売り買いしたいの? 合法なら何を商っても良いのだけれど……、ちょっと奴隷は法に触れるかしらねえ」

 王妃は困ったように首を傾げている。

「珍しい異国の小物とか、国内の隠れた名品とか、そういうのが良いんじゃないかしら、あなたの店なら」


「私の……店?」

「そうよ、商人の娘さんのあなたは、自分のお店を出すのが夢だったでしょう?」

「えっ、なんで知って……」

「お父様がダメだって言ったのよね? 勿体ないわ、王子を手玉に取れるくらいの技量があるのに」

「ええっ……」

 赤髪の娘は目をしばたたく。


(え、あれ評価ポイントなの?)(あーまあ、商談には向いてるかもしれないですね……)などと侍女と騎士はコソコソ話している。


「でも、お父様、『王子を誘惑して愛人の座に収まって来い』なんて言うってことは、あなたの能力をちゃんと評価してるのにねえ」

「な、なんで知ってるの!」

 そこで王妃が曖昧に笑って見せたので、オレンジの髪の侍女が話を引き取る。


「私たちも気がついてたわよ。ごめんなさい、当時は私も大概イヤな女だったから、庶民が必死ね、って陰で嘲笑っていたわ。でも、あなたにとっては笑い事ではなかったわね……」

 騎士も頷く。

他人ひとの父親を悪く言いたくはないが、娘を道具のように扱うとはいただけないな。ましてや君を売春宿に売り飛ばしてそれを王家のせいにするようでは……」

「え、……え、もしかして、あれ、嘘?」

「そりゃそうだろう、君を売春宿に売る意味が王妃様には無い」

「…………私を悪女に仕立てて、王子の体裁を守る手かと」


「……なるほど、やはり君は頭の回転が早いな。だが、その程度では殿下の評判は戻らないのではないか?」

 という騎士の言葉に、

「そうなの!?」

 と王子が叫ぶが誰も気に留めない。

「……たしかにそうね、私のせいとは言えどん底まで落ちたものね」

「どん底なの!?」

 という王子の言葉にもやはり誰も反応しない。


 冷静に話ができるようになったので、王妃の合図で騎士は娘の拘束を緩めた。

「と言うことは……、私、あの貴族に利用された……?」

 考え込みながら娘は無意識に顔を掻きむしろうとする。その手を、王妃がそっと掴んで止めた。


「お顔は痒くても掻かないでね。掻き潰しさえしなければ、あの木のかぶれは数日で跡も残らず消えるから」

「え……、あっ、そ、そうなんですか? これ、治るんですね……?」

「大丈夫ですよ、王子も小さい頃は何回もかぶれて、でもあばたのひとつも残ってないでしょう?」

「王子も……?」

「……何度サワガニを捕まえさせられたことか」

 ボソ、と王子は呟き、その不貞腐れた様子に娘はプッと吹き出す。

「あははは、だからサワガニ捕まえるの上手かったんだ、あっはははは……!」

 赤髪の娘はすっかり毒気の抜けた顔で笑う。


 騎士と侍女も釣られて笑顔になる。

「ちなみに私は一度もかぶれたことはありません。かぶれない人も結構います」

「私も離宮に来るための適性テストと研修を受けたわ」

「研修?」

「そうなのよ、覚えることが多くて大変なの!」

 侍女の言葉に騎士がうんうんと頷く。


 そんな三人を、王妃は少し下がって優しく見守る。

「喧嘩になるかと思ったけど、もう仲良しね、可愛いこと。うふふ、王子の被害者の会ね」

「ひ、被害者……」

 王子はうう、と唸ったが、そんなことは知らず三人は和やかに会話を続けていく。


「……でも、研修で離宮の庭の植物分布を学ばないと、このあたりはうっかり歩けもしないのよ。ここは植物研究を兼ねてる庭園なの。ほら、きっちり区画分けされているでしょう?」

「あ、研修ってそういう……」

「表面的なかぶれで済んでよかったわ。毒区画の植物には火傷のように痕が残ったり、何年も痛みが続くものがあったりするから……」

 侍女の言葉に騎士は小さく頷く。

「そう、研修を受けていない者はこの庭でいろんなモノにかぶれるので……、そこの見慣れない庭師のように」

 ジャッ、と剣を抜いて、騎士はガゼボの裏手に切っ先を向ける。少し離れたそこで草取りをしていた男が、驚いたように顔を上げた。

「……あの、なにかご用で……?」

 男はぽりぽりと腕を掻きながら立ち上がる。


「あらあら、プリムラの中に腕を突っ込んじゃったのね、そこの区画のプリムラは特にかぶれるのよ」

 王妃が困ったように言う。

「……でも、うちの庭師にしては迂闊ねえ」

「……チッ」

 誤魔化せないと見たのか男は舌打ちをして背後に合図を送る。

「お前ら、かかれ!」

「おう!」

 掛け声とともに、大勢の男たちが背の高い草の陰から続々と現れ、ガゼボに駆け寄って来る。


「あっ、危ない……!」

 という王妃の警告も虚しく、草に隠れた区画分けのロープに引っかかって男たちはバタバタと転ぶ。


「ぎゃあーっ」「いでででぇぇ」「痛ーっ!!」「うぐぁぁぁ」


「……そのあたりはトゲのある植物区画なのよ……」


 痛みに転げ回る男たちは、隠れて待機していた宰相と騎士団に、あっさり捕縛されたのだった。


   *   *   *


「この娘はどうしましょう」

 赤髪の娘を指して宰相が王妃に尋ねる。

「どう、って?」

「捕らえて尋問すべきかと」

「ええ?」

 宰相の言葉に王妃が笑う。

「大げさねえ。頼んだ手芸用ものとは違うナイフを間違って持ってきただけで?」

「……は、なるほど。その様に処理いたします」

 宰相はふっと笑み、頭を下げて戻って行った。


   *   *   *


「出来たわ!」

 刺繍布を広げて、王妃は嬉しげに言う。

「母上、こんなお茶の席でまで刺繍に没頭しなくても……」

 王子が苦言を呈す。


 事件後、離宮から王宮に戻らされて数日。

 落ち着いたところで、心配をかけたであろう王子の婚約者を呼んで、内々のお茶会を開いているところだ。


「まあ、家族だけの席だ、好きにすればいい」

 王はそう言って茶を一口飲む。

「だが侯爵令嬢は退屈ではないか?」

 王は王子の婚約者である侯爵令嬢に目をやる。

「いえ、私は……」

 困ったように微笑む令嬢に、王妃はあらあら、と急いで刺繍布を広げ直す。

「ごめんなさいね、ちょっと待って。確認だけさせて。抜けがあったらそこからほつれて台無しだもの」


「ふむ」

 抜けと言えば、と王は王妃に向き直る。

「関係ない話だが、先日の離宮襲撃事件の犯人は全員、余す所なく捕らえた。裏には反王権派の貴族が居たぞ。離宮に襲撃者をこっそり送り込んだのもその貴族だ」

「あらまあ、貴族が。困ったこと」

不穏分子いらないものを取り除いたので、王宮も少しは風通しが良くなるだろう」

「風通し? 陛下も日除けを作られたの?」

「そうだな、ひらけすぎていても良くないからな」

「それは宜しいこと」


 聞いているのかいないのか、王妃は刺繍に意識を集中したままおざなりに答える。

 王子と令嬢は目を見交わして苦笑した。

 が、次の王の言葉で令嬢の目が少し厳しくなる。


「……あの赤髪の娘はその貴族に利用されていた。親を買収して手酷く追い出させ、そこを優しい振りで囲い込んだ。『娼館に売るとは酷い』『王妃の命令だ、王妃が悪い』『王子と直接話す機会を作ってやろう』と丸め込んで、王宮にメイドとして潜入させたそうだ。王家がガタガタになれば何でも良かったんだと言っていた」

 酷い話だ、と王は吐き捨てるように呟いた。


「ああ、あの子。貴方がお気に召してずっと傍に置いていたわね」

 その言葉に、王は目を剥く。

「誤解だ! すぐに怪しいと気がついたから、お前たちから離して私の目の届くところで泳がせていたんだ!」

「あ、それで私は彼女を全然見かけなかったんですね……」

 と王子が納得したように言う。


 王妃は刺繍から目を離さず唇を尖らせる。

「陛下はずるいわ。私もあの子とお話がしたかったのにずっと陛下が独占するんですもの」

「えっ、そこ……? 怒ってるのはそこか……?」

「だから私、王宮を離れて実家まであの子を呼び出すつもりでしたのよ。なのに……王都でこんな大騒ぎにして」

 そういうことか……、と呟いた王は、うん、と一つ頷く。

「……まあ、離宮のほうが王宮が対応しやすいという利点はあったろう。お前たちを守るために最善を尽くしたんだぞ」


「ふうん?」

 と王妃は上の空で答え、刺繍の模様を丁寧に追い続ける。


「…………うん、縫い忘れもないし、刺し間違いもないわ。要らない所に刺繍しても、見苦しいだけですものね」

「要らない……」

「あら、どうなさったの?」

「……なんでもない」


 王妃は刺繍布を丁寧にたたんで横によけ、令嬢と向き合う。


「ごめんなさい、お待たせしたわね」

「いえ。あの……、離宮での件、聞きました。王妃様も王子殿下も、ご無事でなによりでした」

「まあ、ありがとう。大したことなかったのよ」

 と王妃は笑顔で答える。王子はふっと笑う。

「反乱分子も炙り出せて良かったよ。母上の気まぐれもたまには役に立つようだ」

 はははは、と笑う王子に、侯爵令嬢は張り付いた笑顔を向ける。


「殿下は懐かしい方々と旧交を温めたようですね。ふふ、私も呼んでくださればよかったのに」

 と、令嬢はしれっとフルーツを一粒、口に運ぶ。


「いやあの! あれは! 事故みたいなもので!」

「分かっておりますわ」

「そ、そうか」

 ニッコリと笑った令嬢に、王子はホッとし、浮かせかけた腰を再び椅子に収め直す。

 下がった王子の代わりのように、今度は王妃が身を乗り出す。

「そうそう! そんな事より、令嬢、私たち一緒にお出かけするのよね!」

「お出かけ?」

「はい、私、王妃様の外交に同伴することになりました」

「あ、ああ、王子妃教育の一環か? 頑張ってくれているようで何よりだ」

 王子は落ち着いた振りでカップを手に取る。


「どこに行くんだ?」

 と令嬢に問う王子に、王妃が嬉しそうに割り込む。

「あのね、あちこち回るのよ。貿易強化の下準備に、国内や他国で、新しい特産品になりそうなものを探しにいくの」

「へえ、広範囲に動くんですね」

「お兄様が道案内で同行してくださるのよ」

「ああ、それは良いですね。伯父上は旅好きだから地理に明るいし物産にも詳しいだろうし」

「お姉様の所にも寄ろうと思って」

「それは良いですね。北はこれからの季節涼しくて快適でしょう」

 うんうん、と頷きながら聞く王子は、横で頭を抱えている王に気が付かない。


「それでね、旅先での万一を考えて、侯爵令嬢と王子の婚約を解消することにしたの!」

「それは良…………、ん?」


「旅って危ないでしょう? 私は仕方ないけど、この子、王子の婚約者のままじゃ狙われそうで怖いじゃない」

「え、いや……、え?」

「この子もそのほうがいいって言うから」

「侯爵令嬢!?」

 呼ばれて令嬢は笑顔で目を上げる。


「私はただの一国民として臣下として、王妃様をおそばでお守りします。どうぞ殿下は、別邸にお迎えになる方と気兼ねなくお過ごしくださいね」


「えっ……あっ、違っ……!」

 慌てた王子は椅子をひっくり返す勢いで立ち上がる。


「あれは違うんだ、彼女が虐げられていると誤解があって、ただ助け出そうとしただけで……」

「王妃様を信用なさらなかったのですよね?」

 笑顔のまま令嬢は言う。その目が笑っていないことに今さら気がついた王子は、ゾッと身を震わせる。


「王妃様の人となりを考えれば、虐待などするはずもないとわかりそうなものを」

「あ、その……」


「あらまあ侯爵令嬢、私のことはいいのよ」

 王妃が笑うが、いいえ、と令嬢は首を振る。


「お変わりになった……、少なくとも変わろうと努力されていると思っていましたが」

「いや……、あの」

「学生の頃、讒言を信じて私を悪女のように扱った頃と、結局何も変わってませんのね」

「うぐぅ……」

 侯爵令嬢はすっと席を立つ。


「婚約解消については父には既に話を通してありますので、続きは父とお願いします。では失礼」


 侯爵令嬢は宰相の娘だ。つまり宰相が婚約解消を承認していることになる。

 止める言葉を探してあうあうと呻く王子を置いて、侯爵令嬢はさっさと退室した。


 そしてそのまま、王妃と共に姿を消したのだった。


   *   *   *


 王都の一角、賑やかな商店街に一軒の店が開業した。


 安く品質のいい商品や異国の珍しい商品が並ぶ品揃えと、明るく元気な赤髪の女店主の接客が話題となり、あっという間に大繁盛店となる。


 そのお店の軒先には人目を引く綺麗な白い日除けが掛けられており、店のトレードマークとなっている。


 その日除けの隅に刺繍された『王室御用達』を表す目立つ紋章は、女ひとりで切り盛りするこの店を様々な悪意から守る護符の役目を果たし、若い女性も一人で買い物ができる安心の店として評判になっていくのであった。


   *   *   *


 余談だが、王子の別邸に女性が迎えられたというような事実は当然なく、王子はここしばらくただ王宮でひたすら執務に向き合う日々を過ごしているそうである。

 後日、執務室で。

「なんで許可出したんだよ父上……」

「宰相が既に決めてたんだ……あと許可出さないと帰ってこなくなるかもと思って……」

「ああ……」

「そもそも宰相怒らせたのお前だからな!」

「あう……」


   *   *   *


 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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