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残念王妃の小さな事件簿 ―刺繍の好きな王妃様は、今日もほわほわと周りを振り回しているようです―  作者: 青風ぱふぃん


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6. 残念王妃の離宮隠遁事件 中編

 庭園は暖かい日差しに包まれ、ガゼボは心地よい影を落とす。

 メイドたちは静かにガゼボに出入りし、茶菓を替え、新しい茶器を並べ直す。


 侍女はまた王妃の後ろに控え、王妃は刺繍に没頭している。

 ひとり気まずい思いで沈黙に耐えかねた王子が、話題を探して泳がせた目を王妃の手元に止めた。


「…………えー……、母上は今回何をお作りですか? いつものタペストリーとは違って、真っ白ですね?」

「あら! わかる? あのね、夏の日除けを作ろうと思うの」

 適当に振った話題だが、王妃は刺繍に興味を示されたことが嬉しい。


「日除け……、あ、それで生地が粗めなんですね」

「そうなの! 風通しが良いように、織り目の粗い麻を使っているのよ」


 言いながら王妃は、脇に置いた手芸籠に手を伸ばす。

「……あら、小さいナイフがないわ。部屋に忘れちゃったかしら」

 王妃の言葉に侍女がちらりと目配せをし、メイドがひとり、宮に向かって走った。


「ナイフ?」

「そう、細くて鋭いナイフよ。細かいところを切るのに使うの」

 王妃は大きな布を広げて見せる。


「えっ、切る?」

「そうよ、布に穴を空けるの。そうね……、糸切り鋏で少しやって見せてあげるわ」

 王子が驚いて見守る中、王妃は手にしたハサミを小さく動かす。

「刺繍で囲んだ模様の内側のね、この布の経糸たていとの上下を、三本切って、三本残して、また三本切って……」

こまかっ!」

緯糸よこいとも同様にして、それから切った糸をそっと引き抜くと……」

「チェック模様を残して穴が空いた!」

「可愛いでしょう?」

 ふふふふふ、と王妃は笑う。


「それでね、残った織り糸が傷つかないよう、刺繍糸で包むのよ」

 周りの支えが抜けちゃって脆くなってるから、すぐ切れちゃうのよ、と言いながら、王妃は頼りなげな織り糸の間に針をくぐらせて、刺繍糸で器用にくるくるとその織り糸を包む。


「支えをなくした脆いものを守る……」

 王子がもぞ、と居心地悪そうに動く。

「なあに?」

「母上は、なにか私に……、いえ、なんでもありません……」

「あらまあ、変な王子」

 ふふっ、と王妃は笑う。

 そして、

「ほら、できたわ!」

 と布を広げて見せる。

 残った織り糸は刺繍の装飾の下に隠れ、だが中から刺繍を支えて真っ直ぐに綺麗な格子を描く。


「おお、すごい!」

「しっかりした布でちゃんと日陰を作りつつ、こうやって風通しを良くするのよ」

「なるほど……。要らないものを切り落として風通しを良くし、大事なところは補強する……、うん、深いですね」

 王子が妙に感心している。

「沢山切りすぎてもダメよ。要らないところだけ切るの」

「必要なものは守って要らないところだけ切り捨てるんですね」

 王子が頷いたところへ、

「要らなくて悪かったわね!!」

 不意に、ガゼボにキンキンと割れた声が響いた。


「あら」

 と王妃が目を上げる。

「えっ?」

 と王子が振り返る。


 2人の視線の先には、外の木陰から走り出て、王妃に向かってナイフを振りかざそうとする赤髪のメイドがいた。


「母上っ……!」

 椅子を蹴って飛び出した王子が割って入るより早く、青い髪の女性騎士が風のように走り込んで来た。


「お下がりください」

 と王子に一声かけると、騎士はそのまま軽々とメイドを取り押さえる。

 王子はホッと胸を撫で下ろした。


「よくやった、デイム……って、き、君は!」

 そのままぽかんと口を開けた王子に代わって、王妃がにっこり笑って声を掛けた。

「まあ男爵令嬢、いえ、もう今は騎士だったわね」

「は、お怪我がないようで何よりです」

「学園では王子と仲良くしてくれて、ありがとう」


   *   *   *


 赤髪のメイドはナイフを取り上げられ、押さえつけられるようにしてガゼボの床に跪かされる。

 手早くメイドを拘束した青髪の騎士を見ながら、王子はぱくぱくと口を開け閉めする。

「な、な、なんでここに……」

「皇宮騎士団の入団訓練を終え、先日より王妃様のお側にお仕えしております」

「君、騎士だったの!?」

 王子の叫びに、王妃は呆れたようにため息をく。

「学園でも騎士科にいたでしょう? そもそもこの子の男爵家は、騎士から手柄を立てて叙爵された家よ?」

「そ、そうだったっけ!?」

「……王子ったら……」


 困った様子の王妃に向かって騎士は言う。

「恐れながら、一般教養の授業はドレス姿で受けておりましたので、王子のご覧になっていた私はただの貴族の娘でした。ご存じなくても仕方ありません」

「……庇わなくてもいいのよ、ごめんなさいね」

「いえ、恐れ多いことです」

「でも、ご縁ができて優秀な騎士が来てくれたのは嬉しいわ」

 うふふ、と王妃が笑う。


 その言葉に、捕らわれているメイドが反応した。

「……なにがご縁よ」

 呟くとともに顔を上げてキッと王子を睨んだメイドの顔は、歪にぼこぼこと腫れ上がっていた。


「うっ! なんだ貴様その顔は! こちらを見るな、不愉快だ!」

「なんてひどいことを言うの!」

 パシン! と王妃は手芸用物差しで王子の頭をはたく。


「ごめんなさいね、あなた。学園では王子と仲良くしてくれてありがとう」


「えっ!? 今度は誰?」

 驚く王子に、

「いいから、貴方はそこの遣水やりみずでサワガニを捕まえて潰して来て」

 と王妃は庭園に流れる人工の川を指さす。

「えっ!? 私が!?」

「他に誰がいるの」

「えっ」

 気付けばメイドたちは全員消えていた。騎士の邪魔にならないよう、こういう時は素早く避難するよう教育されているのだ。

 王子はため息を一つ残し、渋々と川に降りて行った。


 王妃は立ち上がり、テーブルの水差しを取ったと思うと、メイドの頭にざぶざぶとかける。

「キャーッ!」

「そこの木の下を通ったのね。あの木は、慣れない人は近づくだけでかぶれちゃうのよ。痒いでしょう。お顔がボコボコになっちゃって……」

「か、顔? 痒くて熱いけど……」

「あら、気が付いてない?」

 王妃はテーブルの上のスプーンを取り、メイドの顔を写す。

 スプーンに写る歪んだ像でもはっきりわかるほど、メイドの顔はぼこぼこと腫れ上がっていた。

「ひっ、……いやーっ!」

 メイドは恐怖に引きつった声をあげる。


「油で拭き取るのが良いんだけど、今油っぽいものはクロテッドクリームしかないのよね……、試してみましょうか」

「へっ!?」


 そこへ、王子が潰したサワガニを平らな石に乗せて来る。

 そのカニの汁を王妃はいきなりメイドの顔に擦り付けた。


「キャーッ!」

 金切り声を上げながらなんとか逃げようとするが、騎士に押さえつけられたメイドは頭を振ることもままならない。

「臭い! 臭いよう!」

「泣いちゃダメよ、せっかくのカニ汁が落ちちゃうから」

「やだぁ! 無理ぃ!」


 喚くメイドの顔全体にサワガニの汁を塗り込み、髪や腕にクロテッドクリームをなすりつけてナプキンで拭うと、これでよし、と立ち上がる。

「民間療法だけど、多少は効果があるわ。あの木のかぶれは薬がないから……。痒いでしょう、可哀想に」

 全身ベトベトになって、ううー、と一息唸ったメイドは、

「ふざけんなぁ!」

 と怒鳴る。

「親切ごかしてなによ! 顔が崩れちゃったら、夜の店に高く売れないから!? ふん、ざまあみろだわ!」


「……その声!」

 王子が驚愕の声を上げてメイドの顔を覗き込む。

「その髪色……、君……!」

「そうですよ、学園の頃王子と一番仲良しだった、商家のお嬢さんですよ」

 王妃はにこにこと言うと、少し残念そうな顔をする。


「もう少し早く気がついてあげてほしかったわ、お顔しか見てなかったのねぇ……」

「えっ、いや、そっ、え、なんでここに……、と言うか夜の店? どういう事だい」

 王子の問いに、赤髪の娘は噛み付くように叫ぶ。


「あんたの母親が私を売春宿に売り飛ばしたのよ! クソ王子は卒業するなり私を捨てて、その母親は息子の罪を私に擦り付けて追い出した! 最ッッ悪!!」

 わあっ、と赤髪の娘は大声で泣き出す。

「学園では同じ『王子の娼婦』だったのに、貴族のお嬢様と平民で罪が違い過ぎじゃん!」


 泣き崩れる娘を冷たい目で見下ろし、青髪の騎士は言う。

「貴族平民関係なく、貴女がやたらと殿下の婚約者に嫌がらせをしたからではないですか?」

「そうよね、ちょっとした悪口から酷い冤罪まで……、それを殿下は全部信じてらっしゃったし……」

 オレンジの髪の侍女も呆れたように言う。

「私たちも貴女には随分意地悪をされたものだったわね」


「そうだったの!?」

 驚く王子に冷たい視線が集中する。王子は慌てて口を閉じ、小さく縮まった。


「なによ!」

 赤髪の娘は喚く。

「ごめんだけど、こっちも色々事情ウラあってガチ必死だったの! なのにさ、媚び売って王子オトコ落とそうとしてたのは変わんないのに、そっちは守られて、こっちは要らないって切り捨てられるなんて、ひどくない?」

 俗語混じりに早口でまくし立てる娘に、王妃は困ったように首を傾げる。


「ええと……。間違ってたらごめんなさい、要らないところを切り捨てる話? そうよね、要らないなら丁寧に取り除かなきゃ。残ってたらひどく見苦しいわよね」

「ひどいいぃぃ!」

「母上! とぼけないでください! 刺繍の話なんてしてません!」

 王子が娘を庇うように王妃の前に立つ。


「王子?」

「母上、学園時代の私の罪は、私のものです。彼女が罰せられる謂れはない」

「そうね、悪いのは王子ね?」

「うっ……、そ、そうですよ。ならばなぜ彼女に罪をかぶせて追放するなんて話になるんですか」

「えっ?」

「母上がそのような手段に出るなら、私には彼女を守る責任がある! 彼女を私の別邸に匿います!」

「ええ!? あなた、それで良いの?」

「もちろんです。私は王子だ、そのくらいの権限はある!」

「あら、王子には聞いていないわ」

「へっ?」


 間抜けな声を上げた王子に構わず、王妃は娘の前にかがみ込んで問いかける。

「ねえあなた……」

「なによ!」

「あなた、お店に行かなくていいの? 王子を上手に誘惑したあなたに、ぴったりのお店だと思うのだけれど」

「ひど……っ」

「母上!!」

 娘と王子が非難の声を上げる。


「ばっ……バカにして……! 奴隷のように売り買いされるのが似合いだって言いたいの……」


「あら、あなたのお店なのに? 要らないの?」


「「「えっ!?」」」

 王妃の言葉に、全員がカチンと固まった。

 刺繍のイメージがわからない方はドロンワークとかハーダンガーとかで調べてみてください。説明下手ですみません。

 かぶれる木は漆を参考にしてます。と言うか多分漆。

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