0. 刺繍の好きな王妃様
その昔。今の王が王太子だった時の話。
「……おい、『あの家』から王太子妃が出るようだぞ」
貴族たちがざわめく。
「『あの家』の娘か……、今まで社交界に顔を出さなかったが、どんな娘なんだ?」
やがて姿を現したその少女は、幼い可愛らしさを残した顔で、凛と微笑む。
上品な佇まい。
完璧な礼儀作法。
親しみやすい人当たりの柔らかさ。
どれほど素晴らしい王妃になるかと高まった皆の期待は、やがて失望に変わる。
王太子が王になり、立場が王妃となっても、彼女はろくに政務に関わらず、お茶会や文通などの社交に明け暮れ、それ以外の時間は日がな一日のんびり刺繍を刺している。
人当たりの良さでせめて外交はと、最後の希望とばかりに期待がかけられたが、ある舞踏会で、外国の大使にその国の言葉でぺらぺらと話しかけられ、困った顔で王の袖を引いて助けを求めたことで一気に失望が広がった。
期待が高かった分だけ、その落差は大きく……、いつしか彼女はこう呼ばれるようになった。
『刺繍しか出来ない残念王妃』。
そんな嘲笑の視線に気づかないのか気にしていないのか、今日も王妃は元気ににこにこと日々を過ごしている。
そんな彼女は、この王家になくてはならない、大事な大事な王妃様なのです。