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9話・王女、エレベーターを気に入る

(ふあー! もう上に来ましたわ! なんて速度! 魔法ですわこれは!)


竜司に連れてこられた場所は、宿のようなところらしかった。

手続きをしてロゼッタを部屋に連れてきた竜司は、水の使い方や鍵のかけ方などを教え、明日また来ると帰って行ってしまった。


 つまらない、と思ったが、こちらも疲れている。

 なにしろ未知の世界にやってきたのだし、竜司たちがどう思ったのかはわからないが、実は内心ものすごく緊張していた。


 そのため、ゆっくり休むつもりでいのだが。


 チン、と音がしてエレベーターを降りたロゼッタは、興奮していた。

(すぐに上がって、すぐに降りる! 体が、ふわん、てなって変な感じ……。おもしろーい!)


 ロゼッタは竜司が返るとすぐに部屋を出て、エレベーターに乗っていた。

 廊下の窓から外を見て高さを実感し、下に降りてロビーに出て、地面に降りたと実感する。


(この数字は、階数だって言ってたわ。まるでお城の塔くらい、高いところまで行くのですわね!)


何度も乗ったり下りたりしていたのだが、やがて宿の人間がやってきて、他のお客さまのご迷惑になるのでやめて欲しい、と言われてしまった。


(どうしてみんな、もっと乗らないのかしら。こんなに面白いのに。奇界の人たちは、これを娯楽とは思わないの? 感受性が鈍い……とか?)


不思議がりながらも仕方なく、竜司に教えられたとおり、カードをぴたっとドアの下の黒い部分に当てる。

 これでドアが開くことも、奇妙に感じた。


(なんだか、魔法に近い気がしますわ。魔法陣で開く扉と似てる感じがしますもの。魔力はまったく感じないけれど……)


考えながら改めて入った部屋は、二十平米ほどの部屋で、ベッドと机、それにわずかな食器や棚、鏡などがそろっている。


「この鏡……装飾は地味だけれど、まったく歪んでなくて素晴らしいですわ。きっと、すごい技術を持つ職人がいるのですわね。それに、さっき竜司に聞いたこのポット……」


 竜司が水を入れてくれたその中身は、いつの間にか湯気が立ち、湯になっているようだ。


「これで、このお茶を淹れられるわけですわね。……でも、なんでお湯がわいたのかしら? 火がないのに。……やっぱり私たちとは別種類の魔法が広く使われているとしか思えないですわ……」


 このあと、冷蔵庫に驚き、窓の外の風景に喜び、エレベーターホールに設置してあるウォーターサーバーから水をくむこと十数回、シャワーから出る湯に絶叫したロゼッタは、興奮してほとんど眠れないまま朝を迎えたのだった。




(不思議な、奇妙な世界。……ここで私を知る人は、誰もいない)

夜が明けてからもベッドの中で、しばらくロゼッタはぼんやりしていた。


(一緒に捜索する相手として、竜司を選んだのは正解のはず。人に食べさせるお金を用意できるし、食べ物のある場所も知っているし、……なにより、見た目が好みです)

ぽ、とロゼッタは頬を赤くする。


(ああいう、黒いシャツというのは、私のいた国では葬儀の時に着るものでしたけれど、凛々しいですわ。額を上げた黒髪もなかなか素敵だし、鼻筋が通って、口元が引き締まっていて、そして……なにより、あの目)

ロゼッタの表情が、かげりを帯びる。


(どこか、私と似ている。もちろん、あんな真っ黒な闇のような色はしていないし、形も全然違うのだけれど、なぜだかそう思うの。……だから、竜司に嘘をついたと思われているのは心外ですわ。私は本当に王女ですもの。……王女としての扱いは、受けていなかったけれど)

ロゼッタは、国王と後宮の愛妾の間に生まれた。


 同時期に王妃と別の愛妾も身籠ったので、数カ月違いの兄と妹がいる。

 そのため一応は第四王位継承権者なのだが、日陰の身だ。


 母親は低い身分の貴族で、なんとしてでもロゼッタを足掛かりに宮廷でのし上がりたい、実家の地位を高めたいと常に必死だった。


 特に同じように王の娘の母である愛妾とは、ライバル意識が強い。

 だからロゼッタは、幼いころから徹底的に王家としての教養と知識を叩きこまれ、友達をつくる時間はおろか、寝食の時間さえ削られていた。


『いいですか、ロゼッタ。我が一族の栄枯盛衰は、すべてあなたにかかっているのですよ』

 母親はそう言って、厳しくロゼッタを教育した。


 自由のまったくない日々。

 魔法学、魔法実技、国史、外国語、楽器、文学、哲学、詩、ダンス、テーブルマナー、刺繍、乗馬、等々。


 どんなによい結果を出しても、王族にできるのは当然のこととして、褒められたことはなかった。

 逆に上手くできないと、食事抜きなどの罰則を与えられた。


 しかし王妃の子供も腹違いの妹も、王族としてすくすくと育ち、健康で美貌と頭脳に恵まれていて、ロゼッタの出る幕はない。


 そこでロゼッタは少しでも国のため、一族のために手柄を上げるべく、命を落とす危険があることをわかったうえで、異界へと送り込まれたのだ。


(待っていて、お母さま。私、必ず予知夢で見たあの美味しい物を見つけて帰ります。できればもうひとつの、戦うものも……!そして、王家の一員としての立場を、確固たるものにします!)

そう決意したロゼッタだったが、ううーん、と大きく伸びをして、もう一度目を閉じる。


(このベッド、固すぎず、柔らかすぎず、気持ちいい……。お布団はふかふかだし、寝るとき用のこの服も楽だわ……)


ロゼッタの口元に、小さく笑みが浮かんだ。

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