8話・王女、黒い内臓の魚を気に入る
(わざわざ日本を選んだってことは、和風のものがいいのかもしれなねえな……)
しかしロゼッタはすでに満腹らしいから、どんぶりものなどは無理だろう。
「いろんなお店があって、面白いですわ! とてもカラフルで、わくわくします!」
歩幅が違うため、小走りで自分の後を追ってく歩くロゼッタと共に、仲見世をぶらぶら歩きながら、竜司は目についた店に立ち寄った。
「ひとつくれ。……マヨ子、これ食ってみろ」
買ってロゼッタに差し出したのは、たい焼きだ。
「こ……これは……」
ロゼッタは受け取ると、不思議そうにたい焼きを眺める。
「奇界の魚は、甘い匂いがしますわ……」
どう食べていいのか悩むふうに、両手で持って上下左右を検分し、半分に割った。
「内臓が真っ黒てすわ!」
「そうだな」
竜司は適当に相槌を打つ。
「内臓が甘いですわ!」
「そうだろうな」
むぐむぐとロゼッタは、リスのように頬を膨らませ、道端で足を止めて咀嚼する。
そしてゴクリと飲み込み、美味しい! と笑顔を見せた。
「……探してたのは、その味か?」
一抹の期待を抱いて聞いたのだが、ロゼッタは首を左右に振る。
「違います。でも、美味ですわ!」
「そりゃよかった。まだ食えるか?」
「……ものによっては……」
ロゼッタはたい焼きを一匹完食すると、ぺろっと指先を舐める。
「おい。全部食ってたら、いろんな種類のもんが食えなくなるだろうが。次から一口でやめとけ」
え、とロゼッタは悲しそうな顔をする。
「それは、ええと、王家のマナーとしてできないというか……」
「また嘘だろ。食い意地が張ってるだけじゃねえのか」
不敬ですわ! と怒るロゼッタを無視して、次はどうするかと考えながら、竜司は歩き始めた。
(味といってもなあ……。同じ食い物でも、調理の仕方によって違うってこともあるだろう。たとえば、あんな食い物もある)
竜司が目を止めたのは、天ぷらを焼いて平たく潰した煎餅の店だ。
(あれと天丼じゃ、食感も違うだろう。さっきのたい焼きだって、クリーム味と餡子じゃ別物だ)
うーん、と頭をひねって先へ行くうちに、ふと隣にロゼッタがいないことに気が付く。
振り返るとロゼッタは、あちこちのショーケースに目を奪われつつ、なぜか足を引きずってゆっくり歩いていた。
竜司は眉を顰め、面倒くせえとつぶやいた。
「おい。ちょっとここで待ってろ」
「え?」
洋品店の前にロゼッタを置き、竜司は近くのドラッグストアに入る。
そこで絆創膏を買い、ひとりになって不安そうに立ち尽くしているロゼッタのもとに戻った。
「……これを使え」
「……なんですの?」
箱から取り出したものを受け取り、ロゼッタはひらひらさせる。
「貸してみろ」
竜司は使い方がわからないと知って、パッケージから絆創膏を取り出した。
「痛いとこがあるんだろ。そこに貼れ」
「え。……わ、わかりましたわ」
ロゼッタはようやく事態を察し、道の端に寄ってしゃがみ込む。
そうして、絹張りの小さな靴を脱ぎ、赤くなっている踵に絆創膏を貼った。
「……痛くありませんわ!」
トントンと足踏みをして、嬉しそうに言う。
「じゃあ行くぞ」
「優しいんですのね、竜司は」
「まあな」
「私を気に入ったから、優しくしてくれているんですの?」
「違う」
竜司は再び歩き出し、運動靴も買わなきゃならねえかと心の中で溜息をついた。
その後、あまり腹に溜まらないものをと考え、浅草寺近くの屋台で、綿あめと杏子飴を買い与えた。
いずれもロゼッタは、美味だ美味だとはしゃいだが、この味ではないという。
「でももう、本当に無理ですわ……当分、なにも食べたくないですし、食べても美味しく感じないと思うのです……」
確かに、食べる速度がものすごく遅くなっていたし、この体では胃も小さいだろう。
そう簡単に解決するとは思っていなかったが、この調子では数日かかるかもしれない。
どうするべきかと、竜司は考えた。
「……とにかく、降ってわいたような問題だ。対処する計画もなにもねえ。一応聞いておくが、異界の人間ってのも寝るんだよな?」
「当たり前ですわ。というかすでに今、お腹がいっぱいだから、とても眠いの」
「仕方ねえ。とりあえず、今日はホテルをとってやる。後のことは、また明日だ」
「ホテル……?」
ロゼッタは意味がわからないらしかったが、相変わらずその瞳は、好奇心に満ちていた。