7話・王女、焼きもちを妬く
服の中に隠れていたそれには銀色の楕円形の板がついていて、模様が刻んである。
「なんだこりゃ」
「王家の紋章です。裏には魔法文字。これは、王族以外が身につけることはできません」
ふーん、と手を伸ばして触れた竜司は、指先にチリッとした痛みを感じ、慌てて手を引っ込めた。
「迂闊に触れると、痛いですわよ」
「……なるほど。……しかし」
竜司は射貫くような瞳で、鎖のついたペンダントをしまい、残りのハンバーガーにかじりついたロゼッタを見る。
「お前、嘘をついてるだろ」
え、とロゼッタは顔を上げる。
「う、嘘なんて……」
釈明しかけたロゼッタを、竜司は遮る。
「転移魔法と言ったな。どんな仕組みか知らねえが、別の次元に飛ばされるんだろ。そこにはお前の探し物に協力する相手がいる。つまり、複数か単体かわからねえが、人間がいる。人間がいるなら、近くに家具やら建造物もあるだろう」
「だったら、なんですの」
挑む様に見つめるロゼッタに、竜司は淡々と説明をした。
「同一空間に、ふたつの物体は存在できない。出現した瞬間に爆散する」
「そうとは……限りませんわ……」
「だが、その危険はある」
竜司は、ずいと身を乗り出し、ロゼッタの紫色の瞳を見つめる。
「一瞬で爆死しないとしてもだ。足だけか、指先か、体の一部だけかもしれねえが、欠損する可能性がある。……そんな場所に、なんだって王女を送り込む」
「……それは……ですから、どうしても必要なことだからですわ」
ずっと上から目線で、余裕しゃくしゃくだったロゼッタの表情に、初めて焦りの色が浮かんだ。
「ペットの体調が悪いから、そのための食い物を探しに来たとお前は言った」
竜司はなおも追及する。
「王女がペットのために、命の危険をおかして異界にやってくる。なぜ誰も止めない。おかしいだろうが」
「それには……いろいろ事情が……」
「お前は組を人質にとっている。だから協力はしてやるが、お前に気は許さないし信用もしない」
竜司は突き放すように言った。
「だからさっさと食って、早いとこ見つけて帰れ。のんびり俺と観光しようなんて思うなよ」
するとロゼッタは、叱られた子供のような顔になって、竜司を見る。
しかしすぐに強気な口調に戻って、わかりましたわ、と答えた。
「私だって、ならず者たちを信用しているわけではありませんのよ。金銭と、知らない土地を移動する知識のために、利用させていただくだけですもの」
けれどその言葉とは裏腹に、ロゼッタはどこか寂しそうな目をしていた。
「竜司さん? 珍しい場所で会ったわね」
店を出たところで、ばったりと知人に出くわした。
相手は父親が馴染みにしている、高級会員制クラブのホステスの真奈だ。竜司も過去に度々行ったことがあるし、組と店も古くから関りがある。
ロゼッタをなんと紹介するべきかと、竜司は思案した。
「今日はちょっと、変わったツレがいるからな」
「……そうみたいね」
真奈は言って銀色のネイルを施した白い手で、長い髪の巻いた毛先をくるくるといじる。
その目が素早く、ロゼッタを上から下まで検分した。
「可愛らしいお嬢さんだこと」
「ロゼッタですわ」
ロゼッタはなぜか挑むように、ずいと真奈の前に出る。
「竜司とは、どういったご関係ですの?」
どうもこうもない。客とホステス、あるいは仕事関係者だ。
真奈は余裕の表情で、微笑みながら答える。
「あらそう、ロゼッタちゃん。私は真奈。竜司さんとはずぅっと昔からのお付き合いがあるのよ。とてもよくして貰っているわ」
「わ、私もよくしてもらっていますわ。この! お洋服だって、買ってくれましたもの!」
ロゼッタは胸を張り、マヨネーズのフリントを見せつけた。
真奈はにっこり笑い、竜司に言う。
「素敵なお洋服ね。……誰かの娘さんなの?」
「千国組の、今現在の台風の目だ」
「……? よくわからないけれど」
なにか言いかけた真奈だったが、スマホの着信音に気が付いて、バッグに手を入れる。
「じゃあまた。たまにはお店に来てね」
ああ、と竜司がぼそっと言うと、真奈はひらひらと手を振りつつ、去っていく。
ロゼッタはなぜか真奈の後姿を、じっと睨んでいた。
「なに見てる。行くぞ」
竜司が声をかけても、ロゼッタは憮然としていた。
「なんだか、すごく親しい間柄の女性ですのね」
「ああ? だったらなんだ」
「……竜司には……」
「俺には? なんだ」
ロゼッタはしばらく黙り込み、じっと地面を見つめてから、思い切ったように顔を上げた。
「こっ、恋人は……いらっしゃいますの?」
「ああ? お前に関係ないだろうが」
ありますわ! とロゼッタは力説する。
「わっ、私とこうして一緒にいて、恋人の方か勘違いしたら、気の毒ですもの。私、その辺りはきちんと、わきまえていましてよ!」
「なにを勘違いするんだよ」
率直に言わないロゼッタに、竜司はだんだんとイライラしてきたのだが。
「私と、竜司がその、こ、恋人だと思われたら……女の人が、悲しい気持ちになってしまうのではないかと、心配しているのですわ」
やっとロゼッタの考えがわかり、竜司は即答する。
「いないし、お前は勘違いされないから心配するな」
「えっ。いない……って言いましたわよね? そ、そうですの。いないんですの。……ふーん……」
ロゼッタは顔を赤くして、笑みの形になる唇をもぞもぞさせている。
「それは寂しいですわねえ」
「寂しくねえ」
「じゃあ、しばらくは私が恋人みたいに傍にいてあげられますわ。よかったですわね!」
「よくねえ」
要するに、焼きもちを妬いていたらしい。
宇宙人のように思っていたが、人間の女のような感情があるのか、と竜司は思った。
だとしても、保育士が子供に慕われているようにしか思えなかったが。
それより、次は何を食べさせるのか考えなくてはならなかった。
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