6話・王女、ファストフードへ行く
「川! 橋! 大きい!」
「そうだな、大きい川と橋だ」
ロゼッタは小さな子供のように、いちいち目にした風景を指さして声に出し、騒いでいる。
考えてみれば、未知の文明の場所にいきなりやってきたのだから、生まれたばかりの赤ん坊のような感覚になってもおかしくないのかもしれない。
「しかし川も橋も、お前がいたところにだってあっただろ?」
「ありましたけれど、こんなに大きく頑丈ではなかったですわ。あそこにいるみたいな、帆もオールもない船も見たことはなかったし、それに……」
橋の途中から繁華街が見えてくると、ロゼッタはずっと目を丸くして辺りを見回している。
「なにより建物が……不思議な形だし、私がいた世界とはまったく違うのですわ。背が高い建物が、こんなにたくさん……ああ、それに……なんて凄まじく高い塔! そ、それから、あの傍の、巨大な排泄物はなんですの!?」
言ってロゼッタが指さしたのは、ビール会社のビルの屋上に設置された、金色のオブジェだった。
竜司は苦笑する。
「やっぱり初めて見ると、そう思うよな。確か本当は、魂だかなんだかのイメージらしいが」
「魂……!」
真剣な表情で聞き入っていたロゼッタは、ハッとした顔になる。
「わかりましたわ、あんな高い場所にあの大きさで飾ったということは、つまりあれが、こちらの世界の神……!」
目をきらきらさせて両手を組み合わせたロゼッタに、竜司は返答せずに肩をすくめた。
「ほら、行くぞ」
「巨大で神々しいですわ……」
まだ魅入られたようにオブジェを見つめつつ、ロゼッタは竜司の後をついて歩いた。
「パンで獣の肉を挟んでいるわけですわね! この酸っぱいのは漬物かしら。チーズはわかりますわ。私たちの世界にもあるから……こちらは根菜を油であげたものですわよね。しなっと、ふにゃっとした食感がなかなか美味しいですわ!」
ファストフードでハンバーガーとポテトを買い与えた竜司は、テーブルを挟んで正面に座り、アイスコーヒーを飲みつつ、失敗したなと感じていた。
「もっと、お前に馴染みのなさそうなもんを食べさせるべきだったな。どんな世界にいたのか知らないが、話を聞いてると昔の西洋に近そうだし。なんかこう、もっと和風だったりエスニックなもんがよかったか」
「パン、獣肉、チーズ、卵はポピュラーですわね。もちろん、調味料や食べ方が違えば、取り合わせによっては、知らない味覚もあると思いますけれど……」
言いながらロゼッタは、紙コップに刺さっているストローを吸った。その途端。
「えっ。なに……えっ、こっ……これは……!」
ちゅうちゅうとロゼッタが吸い付いたそれは、シェイクだった。
「ミルク……の味ですけれど、冷たいですわ! そ、それにこの、なんともいえない舌ざわり……! ……美味ですわ!」
涙目になってシェイクに夢中になっているロゼッタは、異界から来た人間などという感じは全くしない。
ただの風変わりな少女に見えた。
「こんなのっ、こんなの食べたことありませんわ! ううん、飲んだことがない、というべきかしら……! 喉をミルキーな甘みと冷たい刺激が通過していく……」
「他の味もあるぞ。いちごとかチョコとか」
「そちらもいただきたいですわ!」
この中にロゼッタが探し求めていた味があるとしたら、早く済んで安上がりだ。
全部の種類を買ってテーブルに戻ると、ロゼッタは嬉しそうに順番に飲んでいったのだが。
「……美味ですけれど……二杯目で、お腹が、いっぱいになってしまいましたわ……」
「おいおい。他のものもどんどん食わないと、探してる味が見つからねえだろうが」
「そうですけれど……」
ふう、とロゼッタは腹部をさすっている。
溶けてしまうシェイクだとしても、乳製品をこれだけ飲んだら満腹になるのもわからないではない。
それにロゼッタは平均的な十七歳より、小柄で痩せているように見える。
「竜司はなにか食べないのですか?」
「お前と飯食う気にはならないからな」
その言葉に、ロゼッタはむっとした。
「またそういう、失礼なことを。私とひとつテーブルを共にできるなんて、名誉なことですわよ」
はいはい、と取り合わずにいると、ロゼッタは苛立ったように言う。
「私は、転移魔法を使ってこの世界にきたと言ったでしょう。それくらいの大がかりな魔法を使えるのは、王族だけ。今の説明でおわかりですわね?」
ロゼッタは、胸を張る。
「私は、異界の大国の王女なのです。……なんですの、その、毛虫を見るような目は。……信じていませんのね? これが証拠です」
言ってロゼッタは、胡散臭そうに眺めている竜司に、首にかけていたペンダントを外して見せた。