4話・王女、ファストファッションの服を着る
「ふーん。まあ、とにかく食い物を与えりゃいいんだな。買い集めてやるから、勝手に食ってれば、そのうち見つかるだろ」
「駄目ですわ、そんなの」
ロゼッタは首を左右に振る。
「ああ? なんでだ」
「予知夢では、室内にこもってただ黙々と食べ続ける、という状況ではなかったのですもの。なんだか楽しくて、でもなにか通常とは違う空気だからこそ、美味しさが引き立っていたというか……」
「……面倒臭えな。じゃあ、いちいち外に食いにつれていけってのか」
しかし、要は食べさせればいいのだ。考えようによっては、地図を見ながら各地を訪ねる宝探しよりは楽だろう。
「それじゃさっさと、食いに行くか。最初はファストフードにでも……」
言いかけて、はたと竜司は気が付く。
「ところでお前。その服で動き回るつもりなのか」
「え? ええ、もちろんですわ!」
尋ねると、ロゼッタは得意そうに答えた。
「素敵でしょう? 高位の貴族でも半年待ちになっている、ドレス職人フィーラのデザインですわ。ここの、このくるみボタンの周りの刺繍の繊細さ、よく御覧になって。お分かりになるかしら」
「知るか」
竜司は吐き捨てる。
「それより、そんなバサバサかさばる恰好で、外を歩き回る気か。目立って仕方ないし、第一、裾をひきずってるだろうが。自動のゴミ掃除機になっちまうぞ」
「でも、それではなにを着用しろと言うのですか? こちらの世界のご婦人たちが着ている服のデザインなんか、私は知らないのですもの」
むくれるロゼッタを横目に、竜司は携帯を手に取って、会議室にいる舎弟の坂巻を呼びつける。
すぐにドアがノックされ、赤い髪と唇のピアスが印象的な、だぼたぼのブルゾンとジーンズ姿の坂巻が入ってきた。
「失礼いたします! 兄上、お話は終わりまして? どうなったんですの?」
必死な顔で尋ねられ、吹き出しそうになった竜司だったが、懸命に堪えた。
「……こいつに、服を買ってきてくれ。その辺のファストファッションでいい。Sサイズの……なんかずぼっと簡単に着れるようなのあんだろ。それと適当にダウンジャケット買ってこい」
「承知しましたわ! すぐに行って参ります!」
金を受け取って急いで出て行った坂巻は、三十分ほどで戻って来た。
「兄上、これでよろしくて?」
息を切らして坂巻が持ってきた袋を開けると、中には裏起毛の水色のロングワンピースと、白いダウンジャケットが入っていたのだが。
「……お前、センスねえな」
竜司がそう言ったのは、ワンピースの胸元にデデンと大きなマヨネーズのボトルのイラストがプリントされていたからだ。
「申し訳ございません。つい、セールで五割引の文字に惹かれてしまったのですわ。それに、聞いていただけるかしら、兄上」
坂巻は、情けなさそうな顔で言う。
「途中でこちらを見つめている殿方がいらっしゃったから、なにを見ていらっしゃるのかしら、プンプン。って言ったら笑われてしまったのですわ」
「なんだそりゃ」
困惑した竜司だったが、ふと気が付いた。
「……もしかして、なにガンつけてんだコラ。……と言ったつもりだったのか?」
そうですわ! と坂巻は悔しそうに言う。
「これでは喧嘩もできませんわ。このロゼッタとかいう、大便を排泄中のレディーのせいで」
「……なるほど。くそったれ女、はそう変換されるのか」
感心していると、ロゼッタがムッとした顔で立ち上がる。
「失礼ね! 排泄中じゃありませんわ! くだらないことを言っていないで、新しいお洋服を見せてちょうだい」
ずんずんと歩み寄ってきて、ロゼッタはワンピースを奪い取る。
「ふーん……色は可愛いけれど、簡易な服ですわね。寝間着ではないのですか?」
「違う。少なくともお前の着てるドレスよりは、こっちの世界じゃ普通だ」
「……この丈だと、中のペチコートがもさもさしてしまうのですけれど……」
「下着か。これはカップがついてるから、着なくていいようにできてるはずだ」
「カップ……? こんな頼りないものが下着の代わりになるのですか?」
へええ、ふーん、とロゼッタはしげしげとワンピースを検分する。
「不思議な生地ですけれど、温かくて丈夫そうですわね……この絵はなんですの?」
ロゼッタは、マヨネーズのイラストを指さした。
「あー、そりゃ、調味料だ」
「調味料? なんでそんなものの絵が、お洋服に張り付いてますの?」
「なんでと言われてもな。……デザイナーの遊び心というか、アクセントだろうな」
「……別世界ですものね。そうした感覚の違いというものは、仕方ないと思うのですけれど……理解は難しいですわ……」
ロゼッタは腑に落ちない様子だったが、まあいいですわ、と肩をすくめた。
「着てみるから、ちょっとあっちを向いていてくださる?」
「……さっさとしろよ」
「見たら怒りますわよ」
「ガキに興味はない」
「失礼ですわね。私は十七歳。とっくに社交界デビューもしていますわ!」
すごくどうでもいい。
竜司と坂巻は、疲れたように目と目を見かわした。