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35話・王女、もうひとつも見つける

「ソース女が三沢に行きたいって言い出したとき、なんか他に言ってなかったか?」

『は? 他にってなんすか』


「……探し物についてだ。なにかを探しているとか、見つけたとか……その『なにか』の部分についてだ」

『あー、はいはい。意味わかったっす。……えーと……そうっすねえ……』


 周囲から、ドッと笑う声や、乾杯の合図が聞こえてくる。

 今は聞いても無理か、と竜司はあきらめかけたのだが。


『あっ、あー、なんか言ってました、確かに。……ついに見つけましたわ、羽、じゃねえ、そう……翼……あるもの……とかなんとか』

「翼あるもの……?」


『そうそう、だから戦闘機を見て、これだ! と思ったんじゃないすか。翼はありますからね。旅客機ほどでかい羽じゃないすけど』

「──なるほど」


 電話を切ると、ロゼッタがこちらの目を覗き込むようにして、竜司の隣に座った。


「わかりましたの、ゾフィアの聞いた言葉が」

「翼あるもの、だと」

 竜司の言葉に、ロゼッタは考え込む。


「それを、青い森にまで探しに行ったんですのよね……」

「そうだな。あのアクション映画を観たなら、戦闘機の攻撃力を見て、こいつだと思ったのもうなずける」


「だけど、すでに必要な対象のふたつは揃った、と私の紋章は教えています」

 ロゼッタは、首をかしげて自分の手の甲を見た。


「……念のために聞きますけれど、竜司には翼は、ありませんわよね……?」

 あるわけがないのはわかっている、という顔で、ロゼッタは聞いてきたのだが。


「そういうことなのか……?」

 まさか、と竜司は『翼』の意味に思い至っていた。


「竜司?」

「なくは、ない」

「えっ?」


 竜司は立ち上がり、着たままだったジャケットを脱ぐ。

 それから、シャツのボタンを外し始めた。


「えっ、えっ、あのっ、人のいる場所で肌を露出するなんて、はしたないですわ!」

 慌てるロゼッタに、竜司は背中を向けた。


「若気の至り、ってやつだ」

「──!」


 竜司は成人したばかりのころ、背中に墨を入れている。

 描かれていたのは背骨から右肩にかけて舞い上がる、鳳凰の姿だった。


「絵の……翼ですわ……!」

 ふわー、とロゼッタは、感嘆の溜息をつく。


「この世界の人間の体には、絵が描いてありますの?」

「いや。酔狂なやつだけだ、と俺は思ってる」

 そそくさと竜司は服を着て、肩をすくめた。


「よくわかりませんけれど、とっても綺麗ですわ! では、それじゃつまり……もうひとつの探し物は、竜司だった、ということですわよね……?」

「俺にもまったくわからねえが、そうらしいな」


「では、最初から傍にいたのですわね! ゴルゴニア王国には、他の世界の人間が特別な力を発動し、比類なき最強の戦士になるという、古い言い伝えがあるのです。……もしもそれが関係あるのであれば、竜司が探し物のひとつだったのかもしれません! やはり、転移する場所には意味があり、相手を引き寄せるというのは、本当だったのですわ!」


 両手の拳を握り、興奮気味にロゼッタは言ったが、だんだんとその表情は曇ってくる。


「……だけど、でも……それは、竜司に私のいた世界に行ってもらわなくてはならない、ということでもありますわ」

 こちらの表情をうかがうように、ロゼッタは紫の瞳を向ける。


「竜司は、こちらの世界にいたいですわよね? だってこんなに楽しくて、おいしいものばかりの世界なんですもの。き……綺麗な女性もいたし、お父様だってご健在なのだし」

「いや、全然」


 あっさり即答した竜司に、えっ、とロゼッタは固まる。

「竜司は……嫌ではないのですの……?」


「そうだという実感も確信もなんにもねえが、面白そうじゃねえか」

 本当に、竜司は自分でも不思議なくらい、抵抗はなかった。


そもそも今の生活に、未練も心残りもなにもないのだ。


「俺が最強の戦士になるんだとしたら、まずは戦を始めようって魂胆の王様にヤキ入れてやる。次に甘酒で竜を餌付けして手懐けたら、それだけで国を乗っ取れそうじゃねえか」

 想像するうちに、だんだんと楽しくなってきた。


「そうしたら、誰にも文句なんか言わせないで好きに生きていける。戦なんてつまらねえことより、俺はそっちの世界をのんびり観光したい。お前が案内して美味いものを食わせてくれ。それともお前は、母親の顔色を窺って暮らす方がいいか? 俺と一緒に旅するのは嫌か……?」

「全然!」

 ロゼッタはぶんぶんと、首を左右に振る。


「本当にそうなったら夢のようで、私は嬉しいですわ! ……で、でも、こちらの世界のものをみんな捨てて、別の世界に行くということが、どうしてそんな簡単に決められますの?」

 ロゼッタは、信じられないという顔で言う。


「どうしてか。そうだな、それは」

 竜司は、自分の心の中を探るようにして言葉にした。


「……思えば俺も、お前と同じだ。周りに組員はいたが、友達と呼べるような奴は誰もいない。……ずっとひとりだった気がする。学生時代も、ろくなことはなかった」


 組長の息子というのは、学校でも知れ渡っていた。

 大半のものは恐がって避け、寄って来たのは喧嘩自慢と、媚びた取り巻きだけだ。


「俺にまったくなんの躊躇も偏見もなく怖がりもせず、近寄って来たのはお前だけだ」

 竜司は笑う。


「お前といると楽しい」

「竜司……」


 ぽわ、とロゼッタの白い頬が赤くなる。

 竜司はその、明るい紫の瞳を見つめた。


「お前の目に映る世界がどれだけ綺麗なのか、俺は知りたい。……俺も、安いカップゼリーが宝石みたいだと見惚れるような、そんな価値観を持って生きてみたい。人生は見方によって、いくらでも面白いもんになる。それをお前が教えてくれたんだ」

「竜司……」


 ロゼッタの紫色の瞳が、濡れたようにキラキラ光る。

「じゃあ……それじゃあ」


 ロゼッタは、緊張した面持ちで、言うのが怖いように震える声を出す。

「本当に私と一緒に、来てくれますの?」


白い手が、竜司の手に重ねられた。


「電の力ではなく、魔の力が知られた世界。私の生まれた王国へ」

「王女さまのご命令とあれば」


 芝居がかった声で言うと、ロゼッタの目には涙が浮かんだ。


「だけど……こちらの世界を離れるのでしたら、その前に、お願いがありますの」

 真剣な表情になって、ロゼッタは言う。


「内臓の黒いお魚を、お腹いっぱい食べたいですわ!」

 なるほど、と竜司はうなずく。


「……それだけでいいのか?」

「……え?」


 首をかしげるロゼッタに、竜司は笑って言った。

「こっちの世界には、お前が食ってないものがまだ山ほどある。もっと旨いものを食い損ねてるかもしれないぞ」


 ロゼッタは、ハッとした顔になった。

「そ、そうですの? もう随分、いろいろと食べましたけれど……まだそんなに?」

「この国は各地に名物があるしな。魚介も肉料理も果物も菓子も、お前が知らない料理だらけだ。……食いたくないか?」


「食べたいですわ!」

 ロゼッタは即答し、瞳をキラキラさせた。


「じゃあ決まりだ。どうせ戦は俺がさせない。急ぐ必要はないだろ」

「はいっ!」


 ロゼッタは勢いよくうなずき、嬉しそうににっこり微笑む。

 美味いものを食べさせ続けたら、ずっとロゼッタのこの笑顔が見られる。

 それならばこの世界でも異世界でも、どこまでも美食を巡る旅をしよう、と竜司は心に決めたのだった。



                   ─終─

これで最終回となります!

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読んでくださって、ありがとうございました!!!!

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