34話・王女、探し物を見つける
そうして辿り着いた賽銭箱の前で、ロゼッタはぎくしゃくと教えられたばかりの一礼
二拍手をし、しっかりと手を合わせる。
やれやれ終わったと列から離れたところで、小さな人だかりができていた。
なんだろうとのぞいてみると、どうぞと紙コップを手渡される。
「なんですの、これ」
「振舞酒だ。アルコール度数は低いから飲んでみろ」
言って手渡した湯気の上がる紙コップを、ロゼッタは大事そうに両手で持った。
そして、注意深く湯気の上がる液体を口にした、次の瞬間。
「──竜司」
「どうだ、美味か?」
なぜか固まっているロゼッタに聞くと、小さな頭がこくりと上下に動いた。
そして、ゆっくりと顔を上げたロゼッタは、幽霊を見たような顔で言う。
「……見つけてしまいましたわ」
「ああ?」
「私が探していた『美味なるもの』は、これだったのですわ……!」
ゴーン……と除夜の鐘が、空気を振動させる。
ほう、と竜司は驚きと軽い失望を感じつつ、しげしげとコップの中身を見た。
「甘酒だったのか……。麹ってことかもしれねえな……」
「これを持って帰ることは、可能ですの?」
「固形でも液体でもいくらでも売ってる。もちろん、持ち帰りは可能だ」
「そ、そうですのね。よかった……ですわ」
ロゼッタは、複雑な顔で微笑んだ。
「見つけられたのですもの。これで、お母さまに褒めてもらえる。やっと帰れるのですわね。ゾフィアより早く、王族としての役目を果たして……」
「……マヨ子」
ロゼッタはなぜか、コップを持ったまま俯いてしまう。
「どうしたのでしょう。嬉しいはずですのに、私……。帰りたくないと思ってしまうのですわ……。こんなことを考えたら、いけないはずですのに。王女として、失格ですのに」
「頑張ったな、マヨ子」
竜司もなんともいえない喪失感を覚えつつ、優しく言った。
「もうお前は帰っても、手柄を立てた偉い王女様として扱ってもらえるんだろ? だったらいいじゃねえか。胸を張って帰れ」
「でも……」
竜司は顔を上げたロゼッタを見て驚く。
「おい。なんで泣く」
「だ……だって」
「どっか痛いのか」
「違いますわ……!」
ロゼッタは言って、竜司に飛びついてきた。
コロンと紙コップが足もとに転がり、周囲の通行人が気づかずに踏んでいく。
人混みの中、ロゼッタはひしと竜司にしがみついていた。
「マヨ子。なんだ、どうした」
「……竜司と、一緒にいたい。傍にいたいです……!」
「……ロゼッタ」
「私は、ずっとひとりでした。お友達もいなくて。でもそれが当たり前だと思っていましたわ。私は、何も知らなかったのです。誰かと一緒にテーブルを囲んでお話することの楽しさを。誰かと並んでお話していると、胸が暖かくなることを。それを全部教えてくれたのは、竜司なのですわ!」
ロゼッタが涙交じりの声で言った、そのとき。
「──っ!」
「きゃっ!」
互いの体に電流でも走ったように、ぴりっと痺れるような感覚があった。
どちらも驚いて身を離し、ロゼッタはどうしたのかまじまじと、自分の手の甲を見る。
「なんだ、今度はどうした」
「紋章が……!」
ロゼッタは愕然とした様子で、自分の手の甲を凝視した。
ゴーン、と除夜の鐘が、またも大きく鳴り響く。
「ここじゃ落ち着かねえ。移動するぞ」
ともかく人混みから外れようと、竜司は呆然としているロゼッタの手を取って、境内の外れに歩いて行った。
ロゼッタはずっと自分の手の甲に浮き上がった模様を、信じられないという顔で眺めるばかりだ。
「……おい、いい加減に説明しろ。なんだその、家紋みたいな痣は」
ロゼッタは眉を寄せ、首をひねりながら答える。
「これは……我が王国の紋章ですわ。女神が探すよう命じたふたつのものが、そろったときに出るはずの仕様なのです」
「そろってねえだろ」
「そのはずなのですが……」
言ってロゼッタは、眉をひそめて竜司を見つめる。
「ゾフィアが夢で告げられた言葉が、なんなのかわかれば……せんとーき、というのと関係あるのでしょうか」
そう言われても、竜司にわかるはずがない。
「ここで考えても仕方ねえ。とりあえず戻ろう。寒いしな」
「ですわね」
ふたりとも腑に落ちない顔をして、速足で帰宅する。
時刻は、深夜十二時を回っていた。しかしもちろん、眠る気にはなれなかった。
『ハピー、ニューイヤっす、兄貴!』
スマホ越しの声の背後から、ざわめきと笑い声が聞こえてくる。
「──俺だ。……飲んでるのか坂巻」
『はいっす。正月なんで。あの姉ちゃん、青森に置いてきましたけど、いいんすよね?』
「ああ、ほっとけ。それより新年早々悪いが、お前に聞きたいことがあるんだが」
『なんすか』
ロゼッタは着ているワンピースはまだ脱ぎたくないと言って、コートだけを片付けている。
竜司はソファに座って苦笑しつつ、スマホに耳を傾けた。
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次回で終わります。




