32話・王女、餅に感謝する祭りに行く
「美味ですわ! 油がなんともまったりして、タレがほかほかの白い穀物によく合って……焦げ目のついた香ばしさもたまりませんわ!」
はふはふとロゼッタが食べていたのは、老舗店のうな重だった。
「そうか。どうにか予約をとった甲斐があったな」
よほど美味しかったのか、ロゼッタはすごい勢いでぺろりと食べてしまう。
「こんなに長いお魚もいるのですわねえ。内臓の黒いお魚と、いい勝負ですわ!」
「比べるのもどうかと思うくらい、別物だがな」
店を出ると、街は夜だというのに、人出が多い。
屋台もたくさん出ているし、ロゼッタは歩いているだけで楽しそうだった。
「今日からお祭りなのですわよね?」
「ああ。何日もかけて餅に感謝する祭りだ」
「不思議な……でも豪華なお洋服を着ている方がいますわね! 素敵ですわ」
「着物だ。日本の民族衣装だ。夏祭りでも見ただろ?」
「あのときのは、うんと薄くて涼しそうでしたけれど……夏祭りのように、花火も打ち上がりますの?」
「いや、それはない」
「少し残念ですわ。でも、花火は混雑がすさまじかったですわね……」
それは本当に、なにごとかと思うほどの人の多さだった。
王国でも、かなりの大掛かりな祝祭でないと、あそこまでの人数は集まらないのではないか、とロゼッタは言う。
長くこの土地に住んでいる竜司が事態を予測して、あらかじめ知人の建物の屋上にいたのだが、下を見ると虫の大群のような大混雑ぶりが見えた。
「あそこにいたら迷子になって、二度と竜司に会えなかったかもしれないと想像すると、少し怖いですわ」
「まあ今夜も、場所によっては同じくらい混む」
竜司が言うと、ロゼッタはぎょっとした。
「そうなんですの? では、もう帰りましょう。竜司とはぐれたら、私、困ります」
「まだ道を覚えてねえのか」
「覚えたつもりでも、違う場所に行ってしまうのですわ」
「方向音痴だもんな、マヨ子は」
竜司は苦笑して、ロゼッタを見る。
「浅草寺はやめておこう。浅草神社のほうが、多少はましだ」
「せんそーじに行きませんの? 大きなホンデンも、何重にも赤い屋根が重なっている建物も素敵ですし、大きなチョーチンも面白いですのに!」
「大混雑は嫌なんだろ?」
なるほど、とロゼッタは勝手に納得したらしい。
「もしかして、あそこが餅の感謝祭特設会場なわけですわね?」
「あちこちでやってるが、特に参拝客の数がすごいからな」
「せんそーじと、あさくさじんじゃは違いますの?」
「あー。確か、浅草寺の御本尊を、隅田川から拾った三人を祀っているのが浅草神社だ」
「まあ! 川から神様を拾った人たちも神様になったんですの?」
「拾ったのは観音像だから神様とは違う」
「奇界のことはまだよくわかりませんわ……」
とはいえ大みそかのため、浅草のどこへ行っても人が多いことに変わりはない。
ロゼッタは混雑を嫌いながらも、屋台を指さしてはあれを食べたい、これも食べたいと、楽しんでいるようだ。
長時間並ぶから、と止めてもどうしても食べたいと食べ歩きのわらび餅を買い、黄な粉にむせてせき込みつつ、美味ですわ、と満足そうだ。
食べ終わると寒いというので、ファッションビルに入ってぶらぶらしていると、ロゼッタは不意に立ち止まってショーウインドウをじっと見つめる。
「……私のいた世界とは違いますけれど。こちらのお洋服にも、可愛らしいものがありますのね……」
「欲しいか」
尋ねると、ロゼッタは慌てた顔をした。
「そうではないのです。ええと、そんなふうに物を欲しがるのは、はしたないことですもの」
出会ったばかりのころなら、私に与えて当然という態度だったと思うのでが、最近のロゼッタは妙に殊勝なところがある。
もしかしたら自分は手ぶらでやってきて世話になり、ゾフィアが金塊を持ってきたことに、後ろめたさを感じているのかもしれない。
(そんなこと、気にする必要ねえのに)
竜司は店内に入っていき、店員に、見せてくれとロゼッタが凝視していた服を指さした。
「……失礼ですが、贈り物でいらっしゃいますか?」
「ツレのだ」
と竜司は屠蘇を指さした。
「マヨ子、着てみろ」
竜司が呼ぶとロゼッタはきょろきょろしつつ、子犬のように駆け寄ってくる。
「着ていいのですか……?」
「サイズが合ったら、買ってやる」
ロゼッタの目が、きらりと輝くのが竜司にもわかった。
なにも言わなかったが、夏も半そでの同じようなワンピースを着ていたし、年ごろの女としておしゃれをしたかったに違いない。
「着てみましたわ……!」
フェミニンな淡い藤色のワンピースは、ロゼッタの体形にぴったりだった。
(なんでだろうな)
竜司は会計を済ませつつ、不思議に思う。
(他人が……マヨ子が喜ぶことが、妙に嬉しい。こんな感覚は初めてだ。……もしかしたら普通の家族ってのは、こんな感じなのかもしれねえな)
ロゼッタはビルを出てからも、ずっとはしゃいでいた。
足取りは軽く、竜司が知らない鼻歌を口ずさんでいる。




