3話・王女、探し物の説明をする
「とりあえず、詳しい話を聞かせろ」
ですわますわの、阿鼻叫喚のるつぼとなった会議室から、静かな応接室へと移動した竜司は、テーブルを挟んでロゼッタの正面に座った。
革張りのソファに腰を下ろしたロゼッタは、珍しそうに周囲を見回している。
「殺風景ですわね。……でも、灯りがとても明るいのはいいわ」
言って蛍光灯を見つめているロゼッタに、竜司は苛立つ。
「さっさと話せ。探し物ってのはなんだ。……いや、そもそも最初から説明してくれ。お前はどこから、なんだってうちの事務所に来たんだ」
「説明しますけれど、理解してくれるかは保証できませんわ。どうやらこの世界では、魔物も精霊もいないみたいですし、魔法体系もなさそうなんですもの。……でも、そうね。こう言ったらわかるかしら。……この世界は、目に見えていることだけではないのですわ。いくつもの世界が平行して次元を違えて存在している」
ロゼッタは白い手のひらを、左右でかざして見せた。
「私はその、別の次元の世界から来たのです。次元間を移動するのは、とても込み入った転移魔法が必要ですけれど、上級者の技術があればこうして可能なのですわ。もちろん、言語もこうして適応化させています」
竜司はロゼッタが言っていることの、半分も理解はしなかったが、まったくの嘘だとも思っていなかった。
大男につかみかかられたロゼッタが、まったく動じずに彼らを弾き飛ばすのを目前にしたし、なにもいなかったところに降ってわいたように出現したことに、説明がつかなかったからだ。
(こじんまりしてるが、まがりなりにもヤクザの事務所だ。防犯装置もあれば見張りもいる。その中に突然、鍵どころかドアが開いた気配もなく現れたんだ。まるで怪奇現象みたいじゃねえか。そういう……幽霊の類だと考えりゃいいのか?)
そんなことを考えて押し黙っている竜司に、ロゼッタは続けた。
「それから、なぜここに現れたか、ということですけれど。それは私にも、よくわからないのですわ」
「ああ? どういうことだ」
ドスをきかせた声で言ってみても、相変わらずロゼッタは怯まない。
「異界への転移魔法を使った際に、私はここに引き寄せられたのです。なにか、というのは理屈ではなく、感情。魂。つまり……私の目的である探し物をするのに必要な、相性のいい協力者を……運命が私とあなたを巡り合わせたのです」
「まさか、俺とお前の相性がいいってのか?」
「ええ。でも勘違いしていただきたくないのですけれど、男と女ということではなく、探し物をするための相性が、ですわ」
ふーん、と竜司は腕組みをして、背もたれにドカッと身を預けた。
日ごろから、オカルト方面に興味はまったくないし、正直聞いていてバカバカしいと思ってしまうのだが、とにもかくにもこの事態を打破するには、ロゼッタのいうことを受け入れるしかないらしい。
「で、探し物ってのはなんなんだ」
面倒だが、とっととそれさえ見つければ、この問題は解決する。
ロゼッタは、にっこり笑った。
「そっちも、よくわかりませんの」
「はあ?」
「……実は……飼っているペットがいるのですけれど、体調が悪いのです。私はそのペットのために、なにが必要なのか女神に願掛けをして、夢に予知が降りるよう、祈りました。そうしたら、ありがたいことに予知夢を見て、体調の回復に必要なものがわかったのですけれど、その答えが……『とっても美味しいもの』だったのですわ」
「食い物か。それなら、探すのにそんなに手間がかかるとは思えねえが。何を食った」
「ですから、それがわかりませんの」
ロゼッタは、可愛らしく首をかしげる。
「ただ、とにかくとっても美味しいものを口にした、とだけしか覚えていないのですわ」
「なんだと」
竜司は思わず唇を捻じ曲げる。
「甘いか辛いか、肉なのか菓子なのかもわからねえってのか」
ええ、とロゼッタは悪びれずにうなずいた。
「全然」
(──おいおい。これは時間がかかりそうだぞ……)
竜司は額を、右手で押さえる。
「お前のいた世界に、その食い物はなかったのか」
「……と思います。あればわかりますもの」
「で、この世界にならあると」
「おそらく。だからこそ、女神の魔法は私をここに送ったのでしょうから」
「魔法の都合の話をされても、なにがなんだかわからねえ」
途方に暮れる竜司を横目に、ロゼッタは出されたお茶をの匂いを嗅ぎ、注意深く口に入れている。
「たとえばこれも知らない味ですけれど、なかなか美味しいですわね。ただ、この味ではなかったですわ」
「知らない味だらけの世界にやってきて、唯一の味を探す、となると……この世界の食い物を、片っ端から食いまくるしかねえってのか」
「そうですわ!」
竜司のつぶやきに、ロゼッタは力強くうなずいた。