29話・王女、ボロクソに言われる
「だからお前、もう少しまともな服は買えねえのか」
どこか不安そうなロゼッタと、高笑いをする赤いドレスのゾフィア、極道を引退した竜司という妙な取り合わせでおでんの夕飯を済ませたころ、坂巻がやってきた。
竜司が頼んだのは、ゾフィアの着替えだったのだが。
「……手触りはいいですけれど、胸のところのおかしな絵はなんですの?」
ピンクのワンピースを手に尋ねるゾフィアに、坂巻は答える。
「醤油だろ、どう見ても」
「どう見てもと言われても……」
「調味料の一種ですわ」
ロゼッタが親切に教えた。
「この世界では、私たちのような優雅なドレス姿で出歩く人間は、滅多にいないのだそうですわ。このような、てろん、びろーんとした楽な格好が主流らしいのです」
「機能性を追求しているということかしら。でも優雅さはありませんわね。これでは私の魅力も半減してしまいそうですわ」
ぶつぶつ言うゾフィアをリビングで着替えさせる間、竜司は坂巻とキッチンで話す。
「スニーカーも買ってきたか?」
「はい。帽子はいらないんすよね」
「もういらねえ。あれは宇陀川組に対するカムフラージュだったからな。……それと、これを売ってきてくれ」
竜司が言って坂巻に渡したのは、ゾフィアから渡された金属だった。
「おそらく金だが、刻印がない」
「あー、いつものとこなら問題ないっす」
裏の買い取り業者を知っているのは、こういう場合は都合がいい。
「けっこうな重さありますね。今のレートだと、かなりの金額になるんじゃないすか」
「売れたらお前、その金で、あいつを世話してやってくれ」
竜司はリビングのゾフィアを、くいと顎で示す。
坂巻は細い眉を、嫌そうに寄せた。
「あれを、俺がっすか?」
「ホテルでもいいし、お前んとこにおいてもいい」
「あの女も、姐さんみたいになんか探し物をしてるんすか?」
坂巻は、宇陀川組をひとりで壊滅させたロゼッタのことを、あの時以来、姐さんと呼ぶようになっている。
「そうなんだったな、マヨ子」
「ええ、そうですわ。……ねえ竜司」
どことなく嬉しそうな声で、ロゼッタは言う。
「ここにはゾフィアを住ませないのですわね?」
「当たり前だ」
竜司は断言する。
「二人も増えたら狭くて仕方ねえ」
するとロゼッタは、安心したような顔になった。
「それで、なにを探してるんすか」
坂巻が尋ねたそのとき、着替えを終えたゾフィアが、キッチンに顔を出した。
「着ましたわ、これでよろしくて? 忌憚のないご意見をうかがわせていただきたいですわ」
「あー……醤油がよく似合ってる」
投げやりな竜司の言葉に、不服そうにゾフィアは言う。
「この変なお洋服が似合うと言われても、あまり嬉しくありませんわ。……それより、探しているものについてですけれど」
聞こえていたのか、ゾフィアは話し出す。
「私が探しているのは、私たちの世界において最強となる戦士です」
「戦士……?」
竜司は坂巻と顔を見合わせる。
「ってことは人間か?」
「そうとは限りませんわ。むしろ違う生き物ではないかと思っておりますの」
ゾフィアは、余裕のある表情でロゼッタを見た。
「あなたがこちらの世界に行ってから、私の夢にも女神が降りてこられたのですわ」
「え……。そ、それでは、ふたつのうちのひとつ……具体的に連れ帰る相手が、わかっているんですの?」
ロゼッタが焦った顔で尋ねると、ゾフィアはにっこり笑ってうなずいた。
「ええ。はっきりとしたお告げがあったのです。それが見つかれば、竜の餌などというものが見つからなくとも、我が国は隣国との戦で優位に立てますわ」
「女神はいったい、なんと告げたのですか?」
「それはお姉さまには、教えられませんわ」
ゾフィアは、フンと鼻を鳴らした。
「私には、お姉さまの感じた『味』はわからないのですもの。片方だけが具体的な内容を知っているのは、不公平ですわ」
ですから、とゾフィアは、三人を見回して言う。
「お姉さまは必要な味を探し、私はこちらで戦士を探します。先に見つけたほうが帰国して、国へ手柄を持ちかえる。……それでいいでしょう? これだけかかって見つけられない姉上には、今後も無駄な時間を過ごすとしか思えませんけれど」
「わ、私だって、見つけられますわ!」
「だといいですわね。……竜司さま。こういうわけですの。これからどうぞ、よろしくお願いしますわ」
「よくわかった」
わかる気がまったくないまま、竜司が言う。
「ともかく、こいつがあんたの探し物を手伝う」
ぐい、と前に押し出された坂巻を見て、ゾフィアは不服そうな表情になった。
「なんですって? この男性は、軽くて薄くて弱そうですわ」
「ああ? てめ、もう一回言ってみろやコラ!」
「……下品ですこと」
噛みつく坂巻を平然と眺めたゾフィアは、視線を竜司に移す。
「竜司さまのほうが、私の相手として相応しいと思います」
ゾフィアは、じろりとロゼッタを横目で見て言う。
「さっきも言いましたけれど、ロゼッタお姉さまは幼稚で無能ですのよ。一緒にいて、ご苦労されたと察します。けれど、私は違いますわ」
ゾフィアは腰に手を当て、胸を反らした。
「知性も品性も血筋も、私が上。女として選ぶなら、私一択だと思いましてよ」
これだけ言いたい放題言われているのに、ロゼッタはなぜか反論しない。
悔しそうに俯いて、口をへの字にしている。




