28話・王女、妹が苦手だった
「ま、待って、ゾフィア」
ロゼッタが、困惑した表情で言う。
「貴女、ここで暮らすつもりなんですの?」
「ええ、もちろん。お姉さまもそうしていたのでしょう? それにしても、おかしな服ですこと。お姉さまには似合ってらっしゃるけれど」
「それは褒めているのかけなしているのか、どっちですの?」
「どっちでもありませんわ。見たままを言っているだけです。それに、髪も巻かずにだらしないですわね。こちらですっかり、遊び惚けていらっしゃったのではなくて?」
「ちゃんと、竜司といろいろなものを、食べて探していましたわ!」
「あらそうでしたの。それなら私も竜司さまと……いえ、私だけでいいかもしれませんわね」
ゾフィアは、ロゼッタに冷たい目を向ける。
「お姉さまは、帰ったほうがよろしいのではなくて?」
「え……?」
「何カ月も奇界にいて、見つけられなかったのでしょう? それならば、もう『食物』はあきらめて、もうひとつの方を私が探しますわ。それと一緒に『食べ物』も見つかるかもしれませんし」
ゾフィアはドレスの裾をわさわさいわせながら、ゆっくりと部屋の中を歩き始める。
「不思議な道具が、いろいろとありますわね。説明していただくのが楽しみですわ。なにしろ、未知の世界なのですもの。案内人は必要ですわ」
ゾフィアは、竜司に微笑みかける。
「私は父上から、お姉さまよりもずっと賢く優秀だと認められておりますの。なにしろ、ロゼッタの母親は子爵の出。それも、もとは庶民だったのを、顔だけ父上に気に入られた商人の一族。父上の温情で、爵位を与えられただけなのですわ。その点、私の母上は昨年亡くなりましたけれど、伯爵家の出なんですの」
「なるほど」
竜司はうなずいて、らしくもなく小さく体を縮こまらせている、ロゼッタを見た。
「で?」
「……ですから、ロゼッタより私のほうが、世話のし甲斐がありますわよ。報酬もお支払いしますし」
ゾフィアは、ジロリとロゼッタを見る。
「どうせお姉さまは、魔法で脅かしたりしたのでしょう? 私はそんな、はしたない真似はしませんわ」
「お、脅したんじゃなくて、取引をしたまでですわ!」
「取引。そんなことを考えるなんて、やっぱり商人出身の血ですわね」
「私は、ただ……お母さまの言いつけどおり……」
「母親の言いつけを護るために? 国益のためではなくて?」
フン、とゾフィアは鼻で笑った。
「お姉さまは、まるで子供ですわ。帝王教育というものを、ちっともわかってらっしゃらない。いつまでこちらでふらふらしていても、役目を果たせるはずがありませんわ」
「そ、そんなことありませんわ……私なりに、一生懸命探していますもの……」
「一生懸命やって収穫がないというのは、余計に悪いですわ。すなわち、ご自身が無能ということを、立証しているようなものでしょう?」
「それは……でも……」
「お姉さまは無能! 認めたらいかが?」
「……うう……」
竜司がこんなにおどおどしているロゼッタを見るのは、初めてのことだった。
ツンとしつつも楽しそうにしている普段の姿との違いに、どういうわけか、妙に胸が痛くなってくる。
ふう、と竜司は溜息をつき、スマホを手にした。
「……俺だ。今話せるか」
連絡を取ったのは、現在は居酒屋で働いている坂巻だ。
『まだ出勤前なんで、大丈夫っす!』
返ってきた明るい声に、竜司は言う。
「ちょっとお前に頼みたいことがある。今夜、仕事が終わったら来れるか」
『いいっすよ、兄貴の頼みならもちろん! 仕事の紹介してくれたのも兄貴だし、早く上がって駆けつけます!』
すっかり以前の口調に戻った坂巻は、あの状況の中で彼女に振られたらしいのだが、今はようやく立ち直って元気だった。
「今、なにをしたんですの? 声が聞こえましたわ」
不審そうな顔をするゾフィアに、少し得意そうにロゼッタが説明をする。
「あれは、この場にいない人間と話せる魔法の板なのですわ!」
「魔法の板……?」
「人々の喜びや怨念、あまりにいろいろなものが詰まって呪われているらしいので、不慣れな私には扱えないと言われましたけれど」
ふーん、とゾフィアはしげしげとスマホを眺める。
「有能な私になら扱える気がしますわ」
「やめろ。間違いなく炎上する」
竜司の言葉に、ゾフィアはサッと身を引いた。
「炎属性の呪いがかかっているのですわね? 恐ろしい……」
炎で思い出したが、おでんの支度をしている最中だったと竜司は思い出す。
「マヨ子。坂巻が来るまで、お前が相手してろ」
「え? ええ……」
「それを見せてやれ。退屈しないだろ」
竜司が指さしたのは、テレビだった。
ロゼッタは納得したらしく、ようやく操作できるようになったリモコンを得意げに手に持って、ゾフィアをテレビの前に連れて行く。
「こ……っ、これは……っ!」
案の定ゾフィアは、画面の映像に衝撃を受けたらしい。
愕然としつつテレビに見入っているのをいいことに、竜司はキッチンへ戻って夕飯の支度を再開した。




