23話・王女、舎弟と仲良く喧嘩する
「なんであまりお召し上がりになりないのですか? お腹が空いていらっしゃるはずでしょう?」
「だって竜司は、お昼ご飯までに戻ると言っていたのですもの」
竜司の部屋のダイニングキッチンで、ロゼッタは坂巻とふたり、仏頂面をして座っていた。
「だけどもう、お昼の時間は過ぎておりましてよ。私が気をきかせてコンビニエンスストアのお弁当を、わざわざ持ってきたのですから、少しはお召し上がりになったらいかがかしら」
「……あまり美味しくなさそうですわ」
四角く平たい箱に入った、冷たい米と総菜に、ロゼッタは目を落とした。
「お魚が貧弱ですわ。それに、なんとなく量を器で誤魔化しているように見えますもの」
「そ、そこに気が付くとは目敏いですわ! ……ではなくて、お食べになれば、それなりに美味しいものですわよ! 贅沢をおっしゃるものではありませんわ!」
「竜司がいないと、美味しく感じないのです」
ロゼッタは頑固に言って、自分で淹れた甘いミルクコーヒーを飲む。
まったく、と坂巻は鼻息を荒くした。
「我儘なことばかりおっしゃって、兄上を困らせているのではありませんこと?」
「そんなこと、ありませんわ! きっと竜司だって、私といて楽しいと思ってくれているはずです」
「あら。なぜそんなことがおわかりになるのかしら」
坂巻は口元に笑みを浮かべ、横目でこちらを見る。
「兄上の好みは、妖艶な年上のお姉さまでいらっしゃいますのよ。貴女が傍でちょろちょろしていたら、お姉さまたちとお遊戯をされることもできませんわ」
「りゅ……竜司は、そんなことしたくないと思いますわ!」
「貴女が兄上の、何を知っているというのかしら。まだ半月程度しか一緒にいらっしゃらないじゃないの」
くっ、とロゼッタは言葉に詰まる。
「それは……そうですけれど……」
ほほほほほ! と坂巻は高らかに笑った。
「今度は私の勝ちですわね! さあ、お弁当をおあがりなさい! この世界に来て鮭弁当の食べずに味を語るとは、愚の骨頂ですわ!」
「うう……それほどのものなのですのね、しゃけべんとー……」
がっくりと肩を落とし、ロゼッタはフォークを手にする。
そして、鮭の一片と一緒に、白米を口に入れた。
「どうかしら? 美味しいと思いませんこと?」
「んー……なかなか、悪くはないですけれど……普通ですわ……」
ふん、と坂巻は鼻を鳴らす。
「本当に生意気なお嬢様でいらっしゃいますわね!」
「坂巻は召し上がらないの?」
「……本当は、それは私のお弁当ですわ。でも、貴女のお腹が空腹な音色を発していたから、おすすめしたのです」
「……そうでしたのね」
ロゼッタはフォークを置き、ティッシュで口元を拭う。
「お気遣いに感謝しますわ」
「それには及びませんことよ」
「最初から素直に言っていただければ、私も攻撃的にはなりませんでしたのに」
「貴女が気にくわないのは確かですわ」
坂巻は、プイと横を向く。
「でも、兄上の命の恩人であれば、私にとっても大切なお客様ですもの。仕方ありませんわ」
「そう……それなら、坂巻。教えて欲しいことがあるのです」
ロゼッタはテーブルに身を乗り出し、ずっと心に引っかかっていたことを問う。
「竜司や貴方が所属する、ならず者の集団と、他の集団が喧嘩をしているのですわよね?」
「ええ。宇陀川組の愚か者たちですわ」
それがどうかしましたの? と坂巻をこちらに向き直る。
「その人たちが町をうろうろしている限り、私と竜司は好きなところで、お食事をできないのですわよね?」
「ですわね」
坂巻は認める。
「それに私たちの組は貴女のせいで、まともに機能しておりませんのよ。今はことを荒立てたくないのですわ」
「その、宇陀川組とは、どこにあるのですか」
「どこ、というのは、事務所の住所を聞いてらっしゃるの?」
ええ、とロゼッタは大きくうなずいた。
「この近くなんですの? そこを避ければ、どんなお店にも行けるのですわよね? 夜の街にも」
「まあ、そうですわね……」
「貴方は知っていらっしゃるのよね」
「それはもちろん」
「では坂巻」
ロゼッタは立ち上がり、まっすぐに坂巻を見た。
「私をそこへ、連れて行きなさい」
命じると、はあ? と坂巻は顎を突き出した。
「宇陀川組を避ける、近寄らない、というお話をしていたはずですのに、どうしてそうなるのですか?」
「いいから、言うことをお聞きなさい。できないのであれば、他の方々の口調が元に戻っても、貴方は一生そのままですわよ!」
びしっ、と指をさして言うと、坂巻は青ざめた。
そして額に汗をかきながら、わかりましたわ、とつぶやいた。




