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22話・組長、解散を決意する

動物園に行った次の日の朝。

 組長が集中治療室から一般病棟へ移れると、病院から連絡が入った。


 竜司は早速、見舞いに行くことにする。

「そんなに遅くはならねえ。テレビでも見て待ってろ」


「退屈ですわ。私が一緒に行っては駄目ですの?」

 ひとりで留守番することに、ロゼッタは不服そうだった。


「今の親父に、面倒なことを考えさせたくねえからな」

「……お昼ご飯までに、戻っていらっしゃる?」

「多分な」

 言って出かけようとしてから、竜司はふと考える。


(こいつひとりでいて、妙なことをしなきゃいいが)

なにしろ、ホテルのエレベーターではしゃぐやつだ。

 ひとりで置いておくのは心配すぎる。

 竜司はスマホを手に取った。


「──坂巻か。俺だ。なんか昼飯買ってきて、マヨ子にくわせてやってくれ。……ああ。いや、俺は組長のとこに顔出してくる」

 竜司は足もとにしゃがみ、自分を見上げて口をとがらせているロゼッタに言う。


「坂巻が来る。あいつと仲良く喧嘩でもしてろ」

「仲良くは喧嘩できませんわ」

「じゃあ適当に喧嘩してろ」

「早く帰ってくるのです、竜司」


 ロゼッタの紫の瞳が、置いて行かれる子供のような目で竜司を見た。

「……わかった。待ってろ」


 竜司は言って戸棚からヘルメットを出すと地下駐車場へ行き、万が一宇陀川組の車につけられてもまきやすいよう、車はやめてバイクに跨った。







「……まったく、えらい目にあった」

 ベッドに横たわったまま、父親である千国辰夫は、掠れた声で言った。

 白髪混じりの髪が乱れ、目元が落ちくぼんでいるせいか、わずかな期間に一気に年を取ったように見える。


 白い室内にいると、竜司の母親が病死した雪の日のことを思い出す。

 今は枕元の椅子に、辰夫と長年連れ添った愛人である、綾香が座って手を握っていた。


「もしかしたら、右側には麻痺が残るらしい」

 弱々しい辰夫の声を、竜司は複雑な思いで聞いた。


「……リハビリすりゃ、多少はよくなると医者が言ってたが」

「多少はな。……だが、前みたいには無理だろう。……なあ、竜司」

 辰夫は熱があるような赤い目で、こちらをじっと見る。


「そろそろ、この稼業も潮時じゃねえかと、俺は思ってる」

 竜司は驚いたが、顔には出さなかった。


「……代々続いた組を、ここで終わらせるつもりだってのか?」 

 ああ、と辰夫は溜息とともに吐き出すように言う。


「お前だってわかるだろ。……なんもかんもすっかり、変わっちまった。暴対法はバカみてぇに厳しくなったし、みかじめ料だの、用心棒だのって時代じゃねえ。……ITがどうだの、オンラインなんたらだの、俺にはついてけねえよ」

「少しは勉強する気はねえのか」


「ねえよ。せめて体が頑丈なら、こっから先の絵を描いただろうが、こうなっちまったしな」

 辰夫は情けなさそうに、横の綾香に視線を移した。


「湯河原の安い中古のリゾマンでも買って、のんびり温泉三昧の老後を過ごしたいと思ってる。……だからな、竜司」

 もう一度辰夫は、竜司を見る。


「お前も、龍也の代わりに組を継ぐ、なんて考えなくていい」

「……親父」

 龍也というのは、竜司の七歳年上の兄だった。


 見た目にしても性格にしても、組の後を継ぐにふさわしい人物だったと、竜司は思う。

 その龍也が事故であっさりと死んでから、十年の歳月が過ぎていた。


 龍也と竜司は、仲が良かった。

 可愛がってもらったし、大柄で喧嘩に強く、明るい人柄で大勢の友人に慕われていた龍也は、竜司の自慢だった。


 だからその兄がいなくなった後には、なにがなんでも自分がその代わりを務めなくては、と考えていたのだ。


 組長であり父の辰夫も当然そのつもりで、竜司に極道のいろはを叩きこんできた。

 その父親が今、自分は隠居して組は解散させると言っている。


 老いと病はそれくらい、人を変えてしまうものなのかもしれない。

「それによお。なんだか、組がおかしなことになってるらしいじゃねえか」


 ロゼッタよる、言葉遣いの変化のことだろう。

 しかし組員たちから組長へは、誰も報告していないはずだ。


「どっから聞いたんだ、その話」

「ユミちゃんから、私が聞いたのよ」

 言ったのは、じっと話を聞いていた綾香だった。


 灰色のショートカットの髪をぴったりと撫でつけ、耳たぶには大きな赤い石のピアスが揺れている。

「ユミちゃんの旦那が、まったく口を利かないから、なんのつもりよって頭にきて問い詰めたんだって。そうしたら、おかしな言葉を使う。バカにしてるなら別れるって騒いだら、組員が全員、おかしな口調になってるって説明されたらしいのよ。そんな変な話があるか、嘘つけって、兄貴分の人たちの家を訪ねてまわったら、本当だったって」


 一緒に暮らしている家族にしてみれば、にわかには信じられずに原因はなんだと確かめようとするだろうし、こうして話が漏れてしまうのも無理もない。


 仕方なく、竜司は認めた。

「……妙なことになってるのは、本当だ。だが、時間はかかるかもしれないが、解決策がないわけじゃない」


「本当? それならいいけど……ユミちゃんの旦那は落ち込んじゃって、部屋に引きこもってるって言ってたわ」

「だからよ。もう、いいって言ってんだよ」

 疲れたように、辰夫は目を閉じる。


「千国組は、俺の体調が回復次第、解散式をやる。……それまでに、組員たちに身のふりを考えろって言っとけ」

(まさか親父に、こんなことを言われる日がくるとは)


 しかし辰夫が本気なことは、本人の目と、それを慈しむように見つめている綾香を見ていれば分かった。

「それに、竜司。お前、本当は極道なんぞ、嫌なんだろ」

 言って辰夫は苦笑する。


「……いや。そんなことはねえ」

「俺はお前の父親だぞ。わからねえと思ってたのか」

 ゲホゲホとせき込んだ辰夫の背を、綾香がさすった。


「悪かったな、龍也の代わりをさせちまってよ。……これからは、好きに生きろ、竜司。俺のことは、気にしなくていい」

「……そうか」

 とても簡単には、頭を切り替えられないし、納得もいかない。


 だが竜司が、極道稼業に固執していないのは本当だった。

 兄の代わりに生きて稼業を継がなくては、という意識が、なによりも一番強かったからだ。


 おそらくそれは極道でなくても、飲食店でも職人でも、同じだったと思う。

 といって、他にやりたいなにかがあるわけでもなかったのだが。

「──じゃあ、退院するときにまた顔を出す」


「あとは綾香に任せて、お前は好きにしろ」

 その言葉を背に、竜司は病室を出た。


 どこか寂しいような、それでいて清々したような、複雑な心境だった。

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