20話・王女、水戸の人に謝罪する
翌日の朝、食事の支度をしてやりながら、竜司はそんな自分が不思議だった。
もともと女は、割り切った浅井付き合いしかしたことがない。
重い女、面倒なことを言う女は苦手だし、ベタベタするのも嫌いだったから、滅多に家にも上げなかった。
ところが、自分はソファに寝なくてはならないというデメリットしかないのに、ロゼッタが家にいることはあまり気にならない。
魔法を使う別次元の存在とあって、生々しさより、宇宙人のような非現実的な感じがあるせいかもしれない。
それに、あまりにこの世界のこと知らないせいで、犬か猫でもいるのと同じ感覚だった。
犬猫と人間を同列に語ると怒る人間もいるが、幼いころの十五年間、誰よりも近くに飼い猫がいた竜司としては、そのたとえは決して悪い意味を持っていない。
今朝も竜司が朝食を作っている間、初めてテレビを見たロゼッタは大はしゃぎをしていた。
「わ、私のいた世界でも、大司祭ならば水晶に、望んだものを映し出すことができましたわ! でも、様子も音も、こんなにくっきりと映るなんて……」
言いながら、ロゼッタはハッとした顔になる。
「まさか、これも電の力ですの?」
「……電波と電気だから、まあそうだな」
「やはり電、さすがですわ……!」
リモコンでチャンネルを変えると、さらにロゼッタは驚いた。
「素早く別の映像がこんなにも! で、ではもしかして、大司祭並みの力を持つ電はひとりではない、ということですの?」
「あー、そうだな」
竜司はあまり感情を顔に出さないが、こうしてロゼッタをからかうのは、ちょっと面白い。
過去に付き合った女は、芸能人のスキャンダルやら近所の噂話、同僚の愚痴に服の流行など、聞いていて疲れる話をすることが多かった。
ところがロゼッタとの会話では、これを見せたらどんな顔をするのだろう、あれを教えたらなんだと思うのだろう、と極端な反応を期待してしまう。
同様に、あまりに美味しい美味しいと言って食事をされると、次はなにを食べさせてやろうか、と考えるのが楽しくなっていた。
「ほら、できたぞ。飯だ。……後ろには誰もいねぇぞ」
一生懸命、テレビの後ろ側を誰かいるのではと覗き込んでいるロゼッタに言うと、眉間に皺を寄せて真剣な顔のロゼッタがやってくる。
「なんだか、こちらを見ている気がして。向こう側にも、こちらが見えているように感じましたわ」
「かもしれねえが、気にするな」
「気にしますわ! 窓の外に人がいるのと同じですもの!」
「こっちからは何百万人も見てるんだから、いちいち特定されねえ」
「……そういうものですのね……」
納得しながらロゼッタは、ダイニングテーブルの椅子に座った。
そして教えたとおり、きちんといただきますをする。
「今朝は適当に冷蔵庫にあったもんだ。文句言うなよ」
「言いませんわ。でも、これは私にも味がわかると思います」
ロゼッタがフォークで口に持っていったのは、卵焼きだった。
「卵は好きです。これは……甘い味付けで、美味ですわ!」
にこにこして、美味しそうに朝食をたいらげていたロゼッタだったが、途中でピタリと手が止まる。
「……竜司。傷んだものを出すのは、私に対する嫌がらせですの?」
「言うと思った。納豆だ。美味いから食え」
「なっとう……でも、でも、このねばねばは気になりますわ……腐っているのではありませんの?」
「それがいいんだ、よく混ぜろ」
「ええ……?」
竜司は自分の小鉢の納豆を混ぜ、しょうゆを垂らして白米に乗せた。
「ああっ、せっかくほかほかの美味なる穀物に、腐った豆が!」
「かけても美味い」
躊躇なく食べる竜司を見て、これは本当にこういう食べ物なのだ、とロゼッタは認識したらしい。
警戒しつつ、豆のひとつを口に入れたのだが。
「……糸を引いて、ぬるぬるしてます……」
「そうか」
「変な匂いがしますわ……」
「いい匂いだろうが」
「無理ですわ!」
半泣きで言うロゼッタの小鉢を、竜司は自分の方へ引き寄せる。
「まあいい、無理するな。俺も食えないものはある。ナマコとか」
「ごめんなさい、せっかく作っていただいたのに」
「別に俺が作ったわけじゃない」
「どなたが作ってくださったんですの?」
「水戸の人だ」
「そうなんですのね。水戸の人に、心から謝罪しますわ……」
どことなくしょんぼりした顔で、ロゼッタはおとなしく朝食を終えた。