2話・王女、組員たちを屈服させる
「お、おい、なんなんだよいったい」
「気色悪いな。兄貴、どう始末つけるんすか、そいつ」
若い衆たちが狼狽え始め、竜司もどうしたものか見当がつかずに、少女を見つめる。
「おい。勝手に入ってきて、なんだって偉そうなツラをしてる。どっからきた。目的はなんだ。説明くらいしろ」
尋ねると、少女のふっくらした唇から、真珠のような歯がのぞいた。
「……よかった。少しは話ができそうな人がいましたわ。私は、ロゼッタ。あなたは?」
「……千国竜司だ」
「センゴク・リュージ。そう、なかなかいいお名前ですわね。額を上げた髪型が素敵。襟の開いた細身の黒いお洋服が、良く似合ってらっしゃいますわ」
「てめえ、舐めやがって! 兄貴を呼び捨てにするんじゃねえ!」
最初に肩をつかもうとした男が、ロゼッタに再びつかみかかろうとしたのだが。
「……っ……!」
男は白目を剥いて、くたくたと床に崩れ落ちてしまった。
ここへきて、ざわっ、と一気に組員たちの顔色が変わる。
「コラてめえ、なにしやがった!」
「誰かチャカ使え! その女、普通じゃねえぞ!」
「ふざけんな、跳弾すんだろがコラ!」
「じゃあヤッパ出せや!」
「待て、落ちつけ! なにをするかわからねえ相手に、むやみに突っ込むんじゃねえ!」
竜司が制すると、ロゼッタは溜息をついた。
「やっぱりまともに話ができるのは、竜司だけのようですわね。それにこの人たち、口が悪すぎますわ。少し控えた方がよろしくてよ」
言ってロゼッタは、細く城指先で、空中になにやら模様を描いた。
そして、ふっ、とそこに息を吹きかけて、男たちはなにが始まるのかと、固唾を飲む。ところが。
「……?」
特に、なにも起こらない。
拍子抜けをした顔をして、幹部のひとりがロゼッタを睨みながら口を開く。
「手品が終わったのでしたら、もう帰っていただけませんこと?」
皮肉を込めた言い方だと感じ、周囲の男たちはニヤニヤ笑う。ところが。
「そうよそうよ、お帰りあそばせ」
「おとといいらっしゃって欲しいですわ」
口々に言ううちに、顔を見合わせ、自分の口を押えた。
「ちょっ……な、なにか、おかしいですわ」
「ですわよね? 私、わざとこんな言葉遣いをしているわけじゃありませんのよ?」
「みなさん、なにをふざけていらっしゃ……。へ、変ですわ! きちんとお話しができませんわ!」
最初は冗談だと思って笑っていた組員たちも、だんだんとことの深刻さに気が付いていく。
「私も、いつものようにしゃべれませんわ!」
「私もですわ。し、舌が……言うことをきいてくれませんの!」
「どうなっておりますの、これではお仕事にも支障が出てしまいますことよ」
「あなたがなにかされたのでしょう、お嬢様!」
ロゼッタはくすくす笑いながら、慌てふためく男たちを眺めている。
そして、コツコツと足音をさせながら、ゆっくりと竜司の前まで歩いてきた。
「竜司。あなたにお願いがあるのです」
「……お前は……いったい、何者なんだ……?」
困惑している竜司に、淡々とロゼッタは言う。
「私はこの世界に、探し物をしに来ました。見つけるのを手伝ってくださる?」
「ああ? 俺にそんな暇は……」
ない、と言いかけて、竜司はこの惨状に思い至る。
この調子では、他の組との抗争どころではない。
「それでは契約という形にしませんこと? 見つけたら、このひとたちの話し方を元に戻してあげますわ。手伝ってくれないなら、一生このまま。どうされます?」
ちんまりした鼻を、ツンと上に向けてロゼッタは言った。
「一生このまま……」
それでも別に、死ぬわけではない。
けれど極道の男たちは身もだえし、全員が涙目になっていた。
「お願いしますわ、兄上!」
「こんなの恥ずかしいですわ、私、どうにかなってしまいそう」
「このままでは組長のお見舞いにだって、いけませんことよ」
「そうよ、組長がお知りになったら、どんなに心をいためるかしら」
そのとおりですわ、いやですわ、といかつい男たちは口々に言う。
「兄上、仕方ありませんわ。どうかロゼッタさまと探し物をしてください」
「殿方ですもの、お腹をくくるべきですわ!」
いかつい男たちの、額に汗を浮かべた必死の懇願に、竜司は複雑な思いで首を縦に振った。
「わ……わかった。ロゼッタ。探し物ってのを、手伝わせてもらおう」
「よかった。取引成立ですわね」
差し出したロゼッタの手を、触れても大丈夫だろうかと躊躇しつつ、竜司は握った。
その手は柔らかいだけの、普通の手だった。
ロゼッタはにっこり笑い、銀の髪がゆらゆら揺れた。