19話・王女、カレーを食す
「それはともかくとしてだ」
竜司は姿勢を正し、話を戻す。
「ここの一部屋を貸してやってもいいが、マヨ子はそれでいいか?」
「ここの……竜司のおうちですわよね? ええ、もちろんですわ!」
ロゼッタは竜司の提案を、すんなりと受け入れる。
すでに竜司に対しては、好感を持っていたからだ。
「清潔だし、隙間風もないし。……もしかして竜司は、男女が一つ屋根の下で暮らすということで、私を意識しているのかもしれないですけれど」
「してねえ」
「問題ありませんわ。私には護符がありますもの」
ロゼッタの答えに、それもそうかと竜司は納得したようだ。
「お前が心配なら、坂巻に内鍵を買ってこさせて取り付けようかと考えてたが、いらねえな。……仕方ない、当分ここに住め」
「わかりましたわ!」
ロゼッタはにっこり笑ってうなずいて、スプーンをペロッと舐めた。
日が暮れてくると、竜司に言われてロゼッタは、夕飯の支度を一緒に始めた。
「この、薪も炭もないのに火が付く仕組みも、やはり電の力ですの?」
竜司は、鍋の中の野菜をかき回しながら言う。
「違う。これはガスの力だ」
「ガス……! 強そうな名前ですわ! ……それは、なにを入れようとしているの?」
大きな四角い、泥の塊のようなものを、竜司が鍋の上で割っている。
「これは、ルーだ」
「ルー……? あまり、ルーって感じには見えませんわ。ゴーとか、ドーとか、そんな感じがします」
「どんな感じか知らねえが、ルーなんだよ」
それが鍋に投入されると、嗅いだことのない香りが、キッチンに充満した。
「……悪い匂いではないですけれど……独特で、強い香りですわね……」
「ちょっとこれをかき混ぜておけ」
竜司は言って、ロゼッタに大きなスプーンを渡した。
そして自分は冷蔵庫から、蓋のついた金属の筒を取り出す。
かしゅっ、と音がして蓋の一部に穴をあけた竜司は、そこに口をつけた。
ごく、と喉が動くのが見える。
「……飲み物ですの?」
尋ねると、竜司はうなずいてから、複雑そうな顔をした。
「お前は……十七歳だったよな」
「ええ」
「……まあいい、やめておくか。ぶっ倒れたりされても面倒だしな」
どういうことだろうかと考え、ロゼッタは思い至る。
「もしかして、お酒ですの? 私のいた世界にだって、もちろんお酒はありましたわ」
「そうか。飲むか?」
「いえ。あまり美味しいものとは思いません。クリームソーダのほうが、千倍も美味しいですわ!」
「やっぱりお子様だな」
竜司は肩をすくめ、ロゼッタはムッとする。
そんなことを何回も繰り返すうちに、鍋の中はぐつぐつと煮え、竜司は小さな箱を電子レンジに入れる。
「それはなんですの?」
「穀物だ。温めたらもう食える。……腹は減ってるか?」
「食べたいですわ!」
鍋から香り立つ匂いは、とても不思議だった。ツンときてスパイシーで、とても食欲をそそられる。
やがてダイニングキッチンのテーブルの上に皿が用意されるころには、ロゼッタの腹部からは、ぐぅ、と音が鳴っていた。
「そういや言ってなかったな。この世界で暮らすからには、お前もしきたりを覚えろ」
「しきたり……?」
テーブルを挟んで座ったロゼッタに、竜司は奇妙なことを言い出した。
「飯を食う前にはこうやって、手のひらを合わせる」
「……こうですの?」
「そうだ。で、いただきます、と言え」
「いただきます……?」
言われたとおりにすると竜司はうなずき、食え、と言った。
ロゼッタもうなずき返し、スプーンを手にする。
そして竜司の真似をして、ソースのかかった穀物を、少しだけ口に運んだ。
「……これは……んー……んん……」
美味ですわ、と言いかけて、ロゼッタは顔をしかめる。
美味しい。確かにとても美味しい料理だ。しかし。
「口が、熱い……かっ、かりゃいです……!」
「あー、そうか。お子様の口だったな」
竜司は立って行って、水を汲んで戻って来た。
「食えないなら無理するな」
「いえっ、美味しいんでふ。ただ、かりゃい……」
はふ、はふっ、と息をつき、顔を赤くしながら、ロゼッタはカレーライスを頬張った。
「かりゃい、でも、止まらない……っ。こ、これも電の力ですの?」
「いや。インドのスパイスの力だ」
「すごいですわ、インドのスパイス……!」
なんだかんだと言いながら、ロゼッタはカレーライスを完食した。
そして、再び食後のデザートにゼリーを出されて、歓喜の声を上げたのだった。




