17話・王女、舎弟に勝利する
「マヨ子。これはお前のだ」
それは不思議な帽子だった。
前にツバがついているキャップで、後ろには長く茶色いふさふさとした巻き毛がくっついているのだ。
「自分の髪の毛を帽子に入れて、かぶってみろ」
「え……ええ。なにか、ピンのようなものはあります? それか、リボンか」
「ヘアピンも使うかもしれないと思って、髪留めと一緒に買ってきましたわ」
坂巻に渡されたヘアピンなら、ロゼッタにも使いこなせそうだった。
ロゼッタの髪はとても細いので、首の後ろでぎゅっと小さくお団子にまとめ、その上にふわっと偽の髪をかぶせてみる。
「よし、隠れるな」
竜司は満足したようだった。
「今度から、外出の時はそうしてろ」
「いいですけれど。……でも、この髪はいったい、誰のものですの?」
ロゼッタは艶のある、茶色の長い髪を指ですきながら問う。
「なにか事情があって、髪を売ったレディがいらっしゃったのね、きっと……」
「人工のウィッグだ。安物だからな」
「でも最近のウイッグは、よくできていらっしゃるわねえ。本物みたいですし、違和感がありませんわ」
坂巻は感心したように、しげしげとロゼッタのウイッグを見る。
「じんこーってなんですの?」
「つまり、そういう生き物の名前ですわ」
坂巻は投げやりに答えた。
(こんなに髪の長い動物が、奇界にはいるということですわね)
ロングのウェーブヘアで木に上る生き物を想像しつつ、ロゼッタは自分がどんなふうに見えるのか気になって、竜司に尋ねた。
「竜司は、私のもともとの髪と、どっちの髪色が好きですの……?」
「どっちでもいい」
「でも、好みはありますでしょう? どちらかと言えば、どっちですの?」
ねえ、と竜司の前に行ってポーズをとると、ぐい、と背後から肩をつかまれる。
「しつこいですわよ、貴女。兄上が困ってらっしゃるじゃないの」
「困ってなんかいませんわ。そうでしょう、竜司」
「そもそも、竜司竜司って気安いんですのよ! 私の兄上と、軽々しくべたべたしないでいただきたいわ。縄で拘束して隅田川に放り投げますわよ!」
「貴方にそんな権利はないはずですわ。兄上なんて言ったって、別に血が繋がっているわけではないのでしょう?」
「私と兄上は、杯を交わした中なのですわ。私たちの深い絆の間に、貴女が入り込む隙間なんかなくってよ!」
「なんですって。そう、わかったわ」
ロゼッタは腰に手を当て、坂巻を睨む。
「貴方、私と竜司が仲良くしているので、嫉妬しているのね?」
「嫉妬? 違いますわ、そもそも貴女と兄上は、仲良くなんかしていらっしゃらないじゃないの! 兄上は組のために、仕方なく一緒にいるだけですわ!」
ふふん、とロゼッタは胸を張る。
「それはどうかしら? 私、竜司が作ってくれた焼きそばを食べましたの。ふたりで仲良く」
キーッ、と坂巻は地団太を踏む。
「なんですって! 悔しい! 長年傍にいてお慕いしている私ですら、兄上の手料理なんて、食べたことございませんのに!」
「おい、坂巻。いい加減にしろ」
竜司は溜息をつき、ドカッとソファに座る。
「頭痛がひどくなってきた」
「私が悪いとおっしゃるの? ひどいわ、兄上!」
「……」
竜司は右手で額を押さえ、それきり口を閉じる。
ホホホホホホ! とロゼッタは勝利を確信して笑った。
「私の勝ちですわね、坂巻!」
「うう……今日のところはこれで帰りますわ。覚えていらっしゃい!」
坂巻は捨て台詞を残して、退室して行った。
坂巻がいなくなると、竜司はロゼッタをキッチンへ連れて行き、コーヒーの淹れかたを教え始める。
「──で、電源を入れて少し待つと、湯が出てくる。最初のは捨てて、それからこっちのダイヤルを回すと、濃さが調整できる。最後にこのカップの印がついてるボタンを押せばいい」
ロゼッタは感心しながら聞いていたが、例によって仕組みはまったくわからない。
「これも、電の力ですの?」
「ああそうだ」
「じゃあ、私がやってみますわ!」
どうやら電の力は魔力と違い、誰にでも扱えるらしい。
なんて便利なのだろうと思いつつ、ロゼッタは竜司と自分の分のコーヒーを淹れた。
二人分のコーヒーが用意できると、次に竜司はリビングで、ロゼッタに時計の見方を教え始めた。
ロゼッタのいた世界にも日時計はあったし、時刻は鐘で告げられたので、聞けばすぐに納得できる。
「……この時計もやっぱり、電の力で動くんですの?」
「電池だから、まあ、電の力だな」
「電、恐るべし……」
それが終わると、今度は金銭の使い方を教わった。
平たい板でのやり取りもできるらしいが、それはまだ早い、と竜司は言う。




