16話・王女、電の力を知る
千国組は、歴史こそ長いが現在の規模は小さい。儲けもそこそこのため、幹部の竜司ですら家事は自分でやっている。
最近は女っけもなかったから、こうした雑用が溜まっていた。
洗濯機に服を突っ込んで、ふとロゼッタに見せてやるかと考えた。
竜司にとってロゼッタは、得体のしれない宇宙人のような感覚だったが、命を救ってもらった今となってはさすがに警戒心も薄くなり、激しく拒絶したい感覚もなくなっている。
友人の厄介な妹、くらいの気持ちになっていた。
「竜司! 洗いもの、終わりましたわ」
そんなことは小学生でもできて当然と思うのだが、ロゼッタは得意げに言って胸を張る。
王女だというのが事実であれば、経験が少ないのは確かなのだろう。
「そうか、偉い偉い」
竜司は棒読みで言って、ロゼッタを手招きする。
「じゃあ、ちょっとこっちに来い」
「……なんですの、この音」
ごうんごうんという洗濯機の回る音に、ロゼッタは眉を顰めた。
「この箱に水と洗剤を入れてボタンを押すと、勝手に洗濯を始める」
「洗濯を……? まさか、いくら奇界でもそれは」
「中をよく見ろ」
ドラム式の洗濯機の、透明な窓を指さすと、ロゼッタは目を見開いた。
そしてぺたんと座って、洗濯機内を凝視する。
「布と水と泡が回ってますわ! ぐるぐると、ざぶざぶと!」
竜司を振り向き、真剣な顔で言う。
「竜司の魔力ですの!?」
「いや、電力だ」
「電がなにものなのか知らないですけれど、すごいですわ、電の力!」
竜司はくっくっと笑いながら、ダイニングキッチンに置いてあったコーヒーのカップを持ち、リビングのソファに座る。
そして、これは自宅に待機していても、当分は飽きなそうだ、と思った。
♦♦♦
昨晩泊まった宿もすごかったが、竜司の自宅も魔法だらけだ、とロゼッタは感心していた。
この世界では、庶民も簡単に魔法を使えるに違いない。
しかし竜司が驚いていたくらいだから、回復魔法のように、即座に傷を修復することは無理のようだ。
竜司が刺されたときに自分が傍にいて、本当によかったと思うと同時に、こちらの世界はなかなか物騒なのだと感じた。
(血が見えたときは恐かったですわ。あんなことがあるのなら、回復魔法が広められていてもおかしくないでしょうに、この世界では魔力のあるものがいないのですわね、きっと。でも、魔力がなくても勝手に洗濯ができるというのは、こうやって見ていても不思議ですわ)
洗濯機はまだごうんごうんと回っているのに、竜司はリビングでコーヒーを飲み、くつろいでいる。
「奇界、恐るべし……!」
ロゼッタはごくりとつばを飲み込む。
(でもまだ納得できませんわ。これで本当にお洋服が綺麗になるとは限りませんもの。仕上がりを見て見ないことには……。なんだか、お花のようないいい香りがするわ。……もしかして)
ロゼッタは、ハッとして顔を上げた。
(この中に、お花とお水の妖精が潜んでいるのかもしれませんわ! そして、中でくるくると回転しながら、お洋服を洗っているのかも……)
そう考えたのだが、突然ぴたっと回転が止まる。
えっ? と思った次の瞬間。
ゴゴゴゴゴ! と激しく洗濯機が浸透を始めた。
ロゼッタは驚いて飛び上がり、リビングの竜司のもとに駆け付ける。
「洗濯機の様子がおかしいですわ! 突然、うなって震え出して」
「脱水中だ」
「中の妖精たちが死んでしまいますわ!」
「中にはなにもいねえ」
「ええー……」
ロゼッタはなおも不安に感じ、再び洗濯機のもとに駆け戻った。
今度は振動が止まり、ザーッと水の流れる音がする。
「動かなくなってしまいましたわ……やはり、死んでしまったのでは……」
やきもきしていたところに、ピンポーン、という甲高い音がして、ロゼッタはビクッとする。
この音が鳴るのは、誰かが訪問する時だともう理解していた。
竜司が対応している様子をドアの陰から見て、なーんだ、とすぐにロゼッタは安堵する。
やって来たのはまたも坂巻で、大きな袋を抱えていた。
「兄上、お帽子と食材ですわ。……あら、お嬢様は目が覚めましたのね」
リビングに入ってきたロゼッタに、坂巻は複雑な目を向ける。
「貴女のせいで、私たちは大変ですのよ。早く探し物を見つけてくださいませね」
「わかってますわ」
ロゼッタは請け合った。
「私だって早く見つけたいと思ってますの。でも、その話し方だと貴方も多少は品が良く見えましてよ。私に感謝していただきたいですわ」
「感謝ですって?」
坂巻は細い眉を、思い切り釣り上げた。
「なんてことをおっしゃられていますの? 貴女のせいで、私たちはとても苦労しているのですわ! 臀部の排泄部分から手を突っ込んで、大臼歯を振動させますわよ?」
ずい、と顔を近づけてきた坂巻に、ロゼッタはにっこり微笑んだ。
「あら。口調はましになっても、まだ柄の悪さが残ってますのね。もっとマナーを徹底させるべきかしら」
いやっ、と坂巻は青くなる。
「まだなにかされるおつもりですの? 怖いですわ、これ以上奇妙なことになってしまったら、私、このお仕事が続けられなくなってしまいましてよ」
「うるせえ。いいからさっさと、買ってきたものを渡せ」
竜司はそう言って、坂巻の手から紙袋とビニール袋を受け取った。
そうして、ビニール袋はローテーブルに置き、紙袋を開く。




