15話・王女、皿洗いをする
間を置かず次の麺を口に運び、もぐもぐ、ごくん、もぐもぐと繰り返した。
皿の焼きそばが半分ほどになったところで、ようやくロゼッタは動きを止める。
「知らない味ですわ。スパイシーで、ねっとりとしたとろみのあるソース、獣の肉から染み出た甘い油を吸ったお野菜……焼かれて少し固さのあるワーム化した植物……」
目をキラキラさせて解説し、一呼吸おいて、しみじみと言った。
「美味ですわ……!」
「そうか。お代わりあるぞ」
「いただきますわ!」
そんなに食べると別のものを食べられなくなる、と今の竜司には言う気が起きなかった。
自分が作ったものを、ここまで夢中で美味しそうに食べてもらえると、悪い気はしない。
フライパンを温め直し、残りの分を皿に入れてやると、ロゼッタは嬉しそうに受け取った。
「お前、もといた世界では、ちゃんと食いたいもんを食えていたのか?」
あまりに食に対して貪欲なので尋ねると、ロゼッタは口に運びかけていたフォークを止めた。
「……もちろんですわ。王女ですもの」
「そのわりには、体に肉がついてねえな」
「小食なのですわ。大食らいは、品位に欠けておりますもの」
そう言いつつ、ロゼッタは大盛りの焼きそばを頬張る。
ほどなくぺろりと完食したロゼッタに、竜司はコーヒーを淹れてやった。
「それは……私、苦手です」
喫茶店でブラックを口にして、不味いと言ったロゼッタのカップには、ミルクと砂糖を嫌というほど入れてやる。
「そら。これで飲んでみろ」
スプーンでぐるぐるかき回してから渡すと、ロゼッタは眉を寄せて匂いを嗅ぎ、一口ペロリと舐めてみた。
「……あら。……あら? ……コクがあって、甘くて美味しいですわ!」
「やっぱり口がお子様なんだろうな」
「そんなこと……ああ、やっぱりとってもいい香り。この香りは甘いべきです!」
「べきったってな」
竜司は苦笑して、自分の分のブラックコーヒーを飲む。
「体のほうは、もう大丈夫なのか」
「だるくて、少し頭がくらくらします。でも、それだけですわ」
「じゃあ、まだ外には出ないほうがいいな。……それに迂闊に町をぶらつくのは、今日のことを考えると難しい。車で遠出してもいいが……とりあえずお前が走れるくらいになるまでは、休憩ってことにするか」
それを聞いて、ロゼッタは不満そうな顔になる。
「外には行きませんの? 夜の奇界にも出かけてみたかったのに」
「お前、やっぱり観光気分だろ」
「ち、違います! ……でも、早く探し物が見つからないと、竜司だって困るでしょう?」
「困らせてるのはお前だがな」
「そうですけどぉ」
ロゼッタはつまらなそうに、空になった皿の上で、フォークをくるくる回す。
「ずっとおうちの中にいても、することがありませんわ」
「あー。そうか。わかった」
竜司は立ち上がり、皿をシンクに持っていく。
「暇ならお前、洗い物をしろ。できるだろ、それくらい」
「……できる……と思いますわ」
ロゼッタも皿を持ち、シンクにやってくる。
そしてキッチンを、興味深そうに見回した。
「この四角い箱はなんですの……?」
「電子レンジ」
「なにをするものですの……?」
「冷たい食い物を熱々にする」
「そ、それはつまり、冷蔵庫とは逆の効果を発揮する魔法の箱!?」
「まあそんなもんだ。それよりほら、こっち見ろ」
電子レンジを食い入るように見つめるロゼッタを、竜司は自分の報に振り向かせる。
「これが洗剤。これをつけて、スポンジでよく洗え。で、こっちに置け」
「そ、それくらい教えられなくてもわかりますわ!」
しかしスポンジを受け取ったロゼッタは、いったいなんだろうかと、手の中の泡だらけの物体を見つめる。
「泡がモコモコですわね……それに、いい匂いがします。フルーツのようで、美味しそうな……」
「食うなよ。泡ふくぞ」
竜司は言って、穴の開いた服を着替えることにする。
それからスマホを手に取り、再び坂巻に連絡を入れた。
「これからしばらく、目立たないように外出したい。マヨ子の髪を隠す帽子とマスクを買ってきてくれ。それと、今夜は出ないで飯をここで食う。なんか食材を……カレーの材料とそれに……菓子とかデザートを頼む。俺じゃねえ、マヨ子にだ」
電話を切ると、脱衣所にある洗濯機に向かう。




