14話・王女、焼きそばを食す
「……困ったもんだ」
竜司は溜息をつき、穴の開いたシャツを着替えてから、ロゼッタの様子を見る。
「おい、どうだ。少しは調子が戻ったか」
声をかけると、ロゼッタは薄く目を開く。
「……ここは、どこですの……?」
「俺の家だ。安心して寝てろ」
「ということは……!」
ロゼッタはパチッと目を見開き、よたよたしながら上体を起こす。
「レディーが殿方のベッドで眠るなんて、はしたないことですわ……!」
「ふらふらじゃねえか、いいから寝てろ」
竜司は手を貸して、もう一度ロゼッタを寝かせた。
「言っとくが、金もらってもお前に手は出さねえから、安心しろ」
「……それはそれで、失礼ですわ……」
ロゼッタはむくれたが、まだ体に力が戻らないらしく、おとなしく横になっている。
「体はどうなんだ。どっか痛いのか」
「回復魔法を使ったのですが、操作が未熟なので……私の体力が吸い取られてしまっただけです。ゆっくり休めば、治ると思いますわ」
「回復魔法か」
竜司は自分の、ふさがった傷口を撫でる。
「すごいな。まったく痛くも痒くもない」
「当然ですわ」
ロゼッタは、つんと鼻を上に向けた。
「回復魔法も、王族しか使えない上級魔法ですもの」
「……まあ、今回に関しては礼を言う。助かった」
「竜司が死んでしまったら困りますわ。探し物が滞ります。でも、どうしてあんなふうに、殺意を向けられましたの?」
「そりゃ、俺が極道だからだ」
竜司は淡々と答える。
「縄張り争いの最中なんだよ。やるほうもやられるほうも、どっちも正しくねえ。そういう世界だ」
「ならずものたちは野蛮ですわ」
しかめっ面をするロゼッタに、竜司は言う。
「嫌なら他へ行ってくれ。勝手に関わってきたのはマヨ子だろ」
「べ、別に嫌とは言ってませんことよ」
ロゼッタはつぶやいて、それからほんのり頬を染め、上目遣いで竜司を見た。
「あの」
「なんだ」
「お腹が……すきました……」
「食欲があるなら大丈夫そうだな。……そろそろ昼か。今日は俺がなんか作ってやるから、外食はあきらめろ。それと、昼飯ができるまで、これでも食っとけ」
言って竜司は、坂巻に買ってこさせた小さな紙袋を、ロゼッタに手渡す。
弱々しい手でそれを開いたロゼッタの顔に、パッと花が咲いたような笑顔が浮かんだ。
「内臓の黒いお魚……!」
嬉しそうに頭に齧りつくロゼッタを横目に、さて昼飯は何を食わせようかと、竜司は冷蔵庫を開いた。
キャベツとナスを出した竜司は、それらを洗ってザクザクと切ると、冷凍庫から出した豚肉をレンジで解凍する。
同じく冷凍していた焼きそばを出して解凍し、先に麺をフライパンでよく焼いた。
広東風を謡う麺なので、屋台の焼きそばよりかなり細い。
同時に別のフライパンで野菜をいため、ソースと塩だけでなく、焼きなくのタレを隠し味に使った。
キッチンにいい香りが漂い始めたころ、よたよたとロゼッタが起きてやってくる。
「……いい匂い……」
「まだ寝てろ」
「匂いがするところにいたいです……」
「じゃあ、そこの戸棚から皿を取って、こっちのテーブルに並べろ。でかいのを一枚と、中くらいのを二枚だ」
はい、とロゼッタは素直に戸棚を開いて、皿を並べた。
「できたら、そこに座ってろ。もうできる」
具材を麺と合わせてもう一度よく火を通した竜司は、フライパンから焼きそばを大皿に盛りつける。
それをテーブルの真ん中にでんと置き、トングを添えた。
ロゼッタが箸を使うのは無理かもしれないと思い、フォークを出してやる。
「自分の皿に取り分けて食え」
竜司の言葉に、ロゼッタは目をらんらんと光らせつつ、ダイニングテーブルの椅子に座った。
竜司もテーブルを挟んで反対側に、腰を下ろす。
しかしロゼッタはなぜか、なかなか食べようとしない。
「すごく美味しそうな匂いだと思って、惹かれたのですけれど。でも、でも……」
「なんだ」
「こ、これは……」
ロゼッタは麺の一本を、フォークですくってまじまじと見つめた。
「頭部の欠損した、ワーム……!?」
「違う」
竜司はぼそっと否定して、箸で麺を口に入れた。
「もとは穀物だ」
「ワーム化した穀物……!?」
「お前のいたところに麺類はないのか? 食いたくなければ、食うな」
黙々と食べる竜司を、しばらくとまどったようにロゼッタは眺めていた。
ぐうう、と空腹を告げる音がして、ロゼッタは唇を噛む。
「私の意気地なし! なんでも口に入れる決意をしたはずですわ……!」
自分を励ますようにそう言うと、バクッと大きな口を開いて、焼きそばを食べた。
もぐもぐと咀嚼し、ごくんと飲み込む。