13話・舎弟、お使いをする
「兄上! おっしゃっていたもの、持って参りましたわ!」
昼過ぎになり、袋を抱えて舎弟の坂巻がやってきた場所は、竜司の自宅マンションだった。
「ご苦労。他の連中はどうしてる」
「それぞれ自宅待機ですわ。事務とメールのお仕事をする方は、残ってらっしゃいますけど」
「まあこの調子じゃ、しばらくおとなしくしてるしかねえだろうな」
竜司は言いながら、袋の中のものをリビングのテーブルに出した。
「お前、新しい服買ってこいって言っただろうが。またマヨネーズプリントの同じ服じゃねえか」
「だってそれが一番安いんですもの。汚れてしまったお洋服の洗い替えでしたら、それで充分なのかと思ってましたわ」
「……前のは血がついちまったからな」
「血? 兄上かお嬢様のどちらかが、お怪我でもされたんですの?」
刺した相手の見当はついている。宇陀川組の鉄砲玉だろうが、今ここでそれを言うと、組員たちは報復のためにいきり立つだろう。
だが今の状態では、カチコミどころではない。
「したんだが、治った」
竜司はそれだけ言って、リビングからひと続きのベッドに横になっている、ロゼッタをちらりと見た。
「どうやらあいつが治してくれたらしい」
「まあ、お嬢様が? あの排泄中レディの不思議なお力で、そんなこともできますのね」
「排泄中をつけるのはやめてやれ。……不本意だが、あいつは俺の命の恩人になっちまった。今後はあまり邪険にできねえ」
「まあ……そうでしたのね……」
感心する坂巻を見て、竜司は思う。
「なんかお前、仕草が女っぽくなったんじゃねえか?」
えっ、と坂巻は口元に手を当てる。
「そんなことありませんわ! 確かに、調子がくるってしまいますけれど……言葉遣いがどうでも、私の心はずっと兄上みたいな漢を追い求めて止みませんわ!」
「そ、そうか」
どうにも慣れないと思いつつ、竜司は坂巻が買ってきた箱を開いた。
「サイズは、二十三センチでよろしいんですのよね?」
「多分、そんなもんだと思う」
竜司は白いスニーカーを取り出し、紐を調整する。
「あの靴で長いこと歩くのは無理だからな」
視線を落とした先には、ロゼッタの絹張の靴がある。
「兄上は、面倒見がよくてお優しいですわ。……私に対してもそうでしたもの。家出をして、行くところがなくて、街でお万引きとおカツアゲにあけくれていた私を、兄上が救ってくださったのですものね」
「よく覚えてねえ」
「照れ屋さんですものね、兄上は」
「やめろ。背中が痒くなってくる」
うふっ、と坂巻は組の若い衆らしからぬ声で笑う。
「事務所にあったドレスも持ってきましたわ。こちらへお運びして、本当によろしかったのですか?」
「いつまでもホテルじゃ、金がかかって仕方ない。それにこいつは、電話も使えねえんだぞ。ホテルのエレベーターで遊ばせるなと、フロントにイヤミを言われたしな」
「そんなこともありましたの。まるでお子様のお守りですわねえ」
「まあ、そんなもんだな」
「とにかく、早く探し物を見つけて下さいませね。みんなして、兄上が解決してくれるのを待っていますわ」
心細そうな顔で言うと、坂巻は帰って行った。