12話・竜司、刺されてすぐ治る
「俺は嘘はつかねえ。マヨ子じゃあるまいし」
「わっ、私だってついてませんわ!」
「ああもう、うるせえ。とにかく、これは蝋でできた作り物だ。芸術でもないし、珍しいものでもない食品サンプルだ」
「で、でも、こっちのこれなんか、穀物の粒まで表現されてますわよ! 大芸術家の魂が込められた、一世一代の傑作に決まっています!」
「勝手に決めるな」
「こんなの、普通の人間に作れるわけないと思いますわ!」
食い下がるロゼッタに竜司は苛立ってきたらしく、口調が荒くなっていく。
「実際にそうなんだから仕方ねえだろうが! こっちは義理もねえのに親切に教えてやってんだ! 素直にハイそうなんですかと……!」
竜司か言いかけたその時。
ドン、と後ろから来た男が竜司にぶつかった。
「──!」
「……なにが、地獄の竜だ。隙だらけじゃねえか」
男は耳元で囁くと同時に、走り去る。
「……竜司……?」
竜司は青い顔をして、ショーケースにダン、と手をついた。
「くそ……っ……」
そしてずるずると崩れ落ち、地面に膝をつく。
(なに……なにが起きたの……?)
ロゼッタは、竜司が手で押さえている部分を見た。
服の色が黒いのでわからなかったが、その右側の腰辺りから下が、ぐっしょりと濡れていることに気が付く。
そして地面には赤い液体が染みをつくっていくのを見て、ロゼッタは悲鳴を上げた。
♦♦♦
(──油断した。まずい、深い。しかも右だ。肝臓に届いたか? ……くそ、こんなところで……)
肉を引きちぎられたような痛みに呻きながら、竜司は刺された腹部を押さえる。
体から、どんどん温度が奪われていくのがわかった。
横たわったアスファルトに、血液が吸い込まれていく。
意識を失いかけた竜司の目に入ったのは、しゃがみ込み、傷口に震える手を添えるロゼッタだった。
紫色の不思議な目が、すがりつくように必死にこちらを見つめている。
(こいつは……何をしてるんだ)
ロゼッタは何かに耐えるような顔をして、目をぎゅっと閉じている。
(変な女だ。なんで逃げないんだ、早く行け。……お前まで巻き込まれるぞ)
そう考えながら、竜司はふと気が付いた。
(傷口から……体が温まってる……?)
さらに痛みがどんどん引いていき、遠のきそうになっていた意識も、しっかりしてくる。
「おいあんた、大丈夫か!」
「救急車呼びましょうか?」
異変に気付いた通行人たちが声をかけてくる。
間もなく竜司は、むくっと起き上がった。
驚いた人々から、うわっ、と声が上がる。
「……いや。大丈夫だ、呼ばないでくれ」
「でも、血が!」
「もう止まった」
それは本当だった。傷口部分に手をやると、服が破れているだけで、肌には薄い傷跡があるだけだ。
「マヨ子」
竜司は、俯いてしゃがんだままのロゼッタに声をかけた。
「お前が治してくれたのか?」
尋ねると、ロゼッタは真っ白な顔をして、力なく笑った。
「よ……よかったですわ。急に倒れるから、びっくりして……」
「どうした、お前も怪我したか」
立ち上がろうとしないロゼッタに問うと、力なく首が左右に振られる。
「回復……魔法は、苦手ですの……」
どうやら竜司の傷を治したことで、ロゼッタは体力を消耗したらしい。
まだ周囲には野次馬がいるし、いずれにしてもこの場所に長くいるのはまずそうだ。
竜司はそう考え、ロゼッタの手を取って立たせたが、ふらふらしている。
「歩けるか。でなきゃ、背負ってやる」
「歩け……ませんわ……」
「仕方ねえな」
竜司は言ってロゼッタの前で背中を向け、腰を下ろした。
ひんやりした冷たい手が、背後から回される。
「行くぞ」
ロゼッタを背負い歩き出した竜司は、その軽さに驚いた。
それに手をとった時にも思ったが、普通でないほど体が冷え切っているのが、布越しにもわかる。
「ごめ……な、さい……」
「あ?」
なにか言われた気がして振り向いたが、もうロゼッタに意識はなく、うわごとらしい。
「……おか……さま……私、お役に……」
その頬に、涙が一粒転がり落ちる。
(こいつにも、いろいろ複雑な事情があるってわけか)
竜司は大通りへ急ぐと、タクシーを拾った。




