10話・王女、ヘアゴムの原料を想像する
(昨日食べたもの、どれも美味しかった。特にあの黒い内臓のお魚……もう一回食べたい、って言ったら竜司は怒るかしら。でも……そうですわ)
ロゼッタはもぞもぞと動いて、足に触れてみる。
(ばんそーこー、っていうのをくれた。私の足が痛いことに気が付いて……。きっと、悪い人ではないと思いますわ。っていうか、思いたい)
今日もまた、美味しい物を探して竜司と食べ歩くのだ、と考えると楽しみだった。
いつもみたいに苦しいコルセットをつけないのも楽だし、誰もロゼッタを監視しないし命令しない。
美味しいものを食べて、珍しいものを見て回れる。
考えるうちに目が覚めてきて、ロゼッタはベッドから降りた。
けれどそこで、問題に直面する。
昨晩洗った髪の毛を巻くコテが、ここにはなかったのだ。
「なんで、髪を乾かす魔法の道具はあるのに、コテはないの!?」
しかし、昨日街を歩いていて、ひとりも自分と同じ縦ロールの女性は見かけなかったこと考えると、コテがないのも当然かもしれない。
「でもこのままじゃ鬱陶しいですわ。どうしよう、結ぶリボンもないし……」
ロゼッタは、昨晩使った歯ブラシとヘアブラシ同様に、洗面台の周囲に小さな袋がいくつか置いてあったのを思い出した。
なにか使えるものはないかと開いてみると、紐状の輪っかがある。
「これって、紐……? えっ」
少しひっぱると、輪っかがぴよーんと伸びる。
「もしかして、これを使うと……。うん、よし! 正解みたいですわ!」
腰近くまである長さの髪を束ねてみると、綺麗にひとつにまとまった。
「便利なものがありますのね。なにでできているのかしら。こんなに伸び縮みするものがあるとしたら……私が知っているのは……」
ロゼッタの脳裏に、ふと爬虫類の舌が浮かぶ。
「いやああ!」
髪から輪っかをむしり取り、バシッと床にたたきつけたそのとき、四角い箱のようなものが、ピリリリと大きな音を立てた。
ロゼッタはビクッとしたが、竜司からその箱が音を立てたら下に来い、と言われていたのて、急いで部屋を出る。
そして、エレベーターにほくほくした顔で乗ってから、ロビーへと向かった。
「眠れたか、マヨ子」
「眠れましたわ。……マヨ子ってなんですの?」
「マヨってのは、それだ。お前の名前を忘れた」
竜司はロゼッタの、胸のプリントを見ながら言う。
「私の名前は、ロゼッタですわ!」
力強く念を押したのだが、竜司は違うことを言う。
「腹は減ってるんだろうな」
「ええ。ちゃんと空いてますわ」
「じゃあとっとと、食いに行くぞ」
竜司は言い捨てて、こちらに背を向け、すたすたとホテルの外へ向かって歩いて行く。
素っ気ない態度は少し寂しかったが、今日もまた未知の世界を歩き回って美味しいものが食べられると思うと、ロゼッタの心は弾んだ。
「お前、朝はどんなものを食ってたんだ」
歩きながら竜司が問う。
「……そうですわね。基本的に、パンですわ。蜂蜜をつけるのが好きなのです。それとチーズと卵、果実というのが、よくあるパターンですわね。こちらの世界にもありますの?」
「ある。だったら、そういうもんは食わせなくていいか、と思ったが。……それもやっぱり、調理の仕方にもよるかもしれねえなあ」
溜息混じりに言うと、竜司は赤い屋根の店に向かった。
「どっちみち、朝から重たいもんは食えないだろ。ここにしとくか」
扉を開くと、取り付けたあった鈴が、カランコロンと音を立てる。
ふたりだ、と竜司が言うと、お好きなお席にどうぞ、と店員の声がした。
「……随分と、古そうな店ですわね」
店内を見回して、思わずロゼッタは言う。
天井が汚れで茶色くなっており、壁のポスターもなんとなくセピア色がかって、椅子の背もたれもニスが剥げていたからだ。
まあな、とだけ竜司は答えて、メニューを広げた。
「食いたいもんがあったら、食え」
差し出されたメニューを受け取ると、グリーンのテーブルクロス同様、なんとなくべたべたする。
「それにしても、これは……素晴らしく上手な絵ですわね!」
ずらりと並んだ料理の数々に目を丸くすると、竜司は淡々と答えた。
「昨日、店のポスター見て、写真について教えただろうが。絵じゃない」
「あ、ええと、そのままを写し取る鏡の魔法……みたいなものでしたわよね。庶民用の食堂に見えますのに、こんなところにまで使われているとは恐れ入りましたわ」
ロゼッタは納得して、再び食い入るようにメニューを見た。
(こっちのこれは、見た目が芸術的ですわ……。ああでも、量が多そうで、さすがに朝からは……これもなんだか、ものすごく惹かれますわ。本当に実在するのかと思うくらい、魅力的ですわ……)
そこで、これを、と指さしたのだか、竜司は却下した。
「それはデザートだ。朝からそんなもん食ってたら胃もたれするぞ」
「そ、そうなんですの……? すごく美味しそうなのに……。じゃあ、これと……飲み物は、ぜひこれを」
指さした写真を見て、竜司は眉間に皺を寄せる。
「今度はクリームソーダか。……まあいい、惹かれるってことは、それが探し物の味かもしれねえからな」
オーダーを済ませると、間もなくして店員が、竜司の前にカップを置いた。




