1話・異世界王女、組事務所に出現する
タイトルに極道とありますが、リアル反社のお話ではありません。
コメディとしてゆるく楽しんでいただけたら幸いです。
「兄上、いったいどうすればよろしくて?」
「これでは困りますわ! 今夜のお食事会に行けなくなってしまいますもの」
「今夜のお出かけどころか、みなさまおうちに帰って、家族にどう説明するおつもりですの? ああ、どうしましょう。私がこんなになってしまったと知られたら、息子に対して示しがつきませんことよ!」
こうした会話が乱れ飛んでいる一室は、西洋風の華麗な宮殿の中ではなかった。
話しているものたちは一様にごつく、あるものは坊主頭であり、あるものの顔には傷跡が走り、あるものの服の袖からは物騒な彫り物がのぞいている。
そして悲しみに満ちた声は、低く野太い。
こうなってしまった原因は、今から三十分ほど前に起こった異変に会った。
♦♦♦
「もう黙ってらんねえよ、兄貴!」
「組長が倒れてから宇陀川組のやつら、完全にうちのシマ狙ってやがる!」
「このまま舐められっぱなしじゃ、鷹尾組の沽券にかかわりますよ!」
都心の雑居ビルの一室。
会議のためにコの字型に置かれたデスクには、ずらりと強面の男たちが座っている。
さらにその背後には、若い衆が壁際に立って並んでいた。
もうもうと漂うヤニ臭い煙の中、中央付近の椅子に座っていた竜一は眉間に皺を寄せ、目を閉じて考えに耽っていた。
(さて、どうするかな……)
大正時代から続く組を、なんとか潰れないよう護ってきた組長が倒れたのは、先月のことだ。
今現在、室内には千国組の構成員は十数人、全員が顔をそろえている。
としかさの幹部連中は、さすがに落ち着いてどっしりと構えているが、若い連中は今後の組の動向が気になって仕方ないらしい。
繁華街のあちこちでくすぶっていた血の気の多い連中が、結束してシマを護ることができていたのは、ひとえに組長の恐ろしさと、それに相反する面倒見のいい人柄によると言ってよかった。
竜司は高校生時代から、繁華街で悪名を成した青年だったが、オールバックにした髪と人を食い殺しそうだと言われた目つき以外は、存外に顔立ちは整っている。
腕っぷしが強く目端が利いて重宝され、他の組の人間たちからは千国組の名前をもじって地獄の竜などと仇名されて、幹部の立場にいた。
とはいえまだ二十代の竜司には、五十代も含めた組員たちを、組長抜きで組をまとめていくのは荷が重い。
(親父が入院中の今、カチコミをかけるタイミングじゃねえ。といって、放っておいたらこいつら、勝手に宇陀川組の連中とおっぱじめそうだ)
竜司は溜息をつき、いきり立っている若い衆を眺める。
「とにかく、今は組長の容態の様子見だ。たとえ車椅子でも、事務所に出入りできるようになりゃ、外聞はなんとかなる。慌てて今動くのは……」
と、竜司が話しているうちに、蛍光灯がちかちかと点滅した。
(なんだ?)
切れかけているのかと思ったが、照明に使っている数十本が、まとめてそんなことになるとは考えにくい。
「停電か?」
「まさか、宇陀川の襲撃じゃねえだろうな!?」
きょろきょろと、男たちが周囲を見回していたそのとき。
フッ、とすべての灯りが消えた。
「……おい、なんだこりゃ」
竜司は言って立ち上がり、身構える。
非常灯や常夜灯の灯りまで消えるなどということは、ブレーカーが落ちたとしても考えられない。
なにが異常なことが起こっているのは、確かだった。
空気が重く、誰かに喉を掴まれたように息苦しくなってくる。
「な、なあ。どうなってんだこれ」
「なんかおかしくねえか。……背筋がゾクゾクするような……」
誰もかれもが気味の悪さに眉をひそめた、次の瞬間、パッと明かりがついた。
竜司は安堵しかけたものの、顔を上げてギクッとする。
「だっ……誰だ、お前!」
コの字型のデスクの中央、その空いていてるスペースに、いるはずがないものが立っていたのだ。
「……臭いですわ、ここ」
煙草の煙をひらひらと扇で仰ぎ、小さな唇を尖らせていたのは。
銀髪を縦ロールにし、紺色のドレスに身を包んだ、美貌の少女だった。
濃いまつ毛に縁取られた大きな瞳は淡い紫色で、体はほっそりしているのだが、ふさふさした髪型とドレスが大きく膨らんでいるせいで、存在感がすごい。
組員たちは呆気にとられ、しばらくポカンとして少女を見つめてしまった。
けれど我に返ったものから順に、血相を変える。
「おい、てめえなにやってんだ!」
「どっから入ってきやがった、このガキ!」
「誰かつまみ出せ! びらびらしたドレスなんか着やがって」
「極道の事務所にのこのこ入ってくるなんざ、頭いかれてんじゃねえのか!?」
「……おい」
竜司は眉を寄せ、若い衆のひとりに外へ出せ、と顎で示したのだが。
「なにか御用?」
竜司に命じられてずかずかと歩み寄った男を、少女はジロリと見た。
「御用じゃねえんだよ、怪我しねえうちにさっさと……」
言いながら男が少女の肩に手をかけたその刹那。
「わあっ!」
パリッ、と電流が走ったような光が、手と肩の間に見えた。
「なにしてんだ、さっさとその姉ちゃん、放り出せ」
別の男も坊主の額に青筋を浮かべ、少女のほうに手を伸ばした。
「うおっ、痛えっ!」
その男も、弾かれたようにのけぞって後退る。
先刻の電気が消えたことといい、どうも異常事態が起こっているようだと、全員が思い始めていた。
それに少女は強面の、大柄の男たちの中にいるというのに、まったく怯んだ様子がない。
レースとリボンのついたドレスを着て、人形のように可愛らしい顔に、薄く笑みを浮かべている。
その不気味さに、全員の背中に、ゾッと冷たいものが流れた。