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田中太郎、いざ転生

「じゃあちょっと生き返らせ……」

「待ってくれ!」


 どこまでも真っ白なそこで、いきなりテンプレを発動されそうになった太郎は思わず叫んだ。

 口は、ない。現在、田中太郎としての姿かたちは確認が出来ない。幸い、意識はハッキリしていた。しかし手もなければ足もなく、動かせる感覚は皆無。太郎が感じられるのは浮遊感のみ。そして目の前には縦に細長い真っ白なナニカ。早々に開き直った太郎は説明を求めた。


「勇者とか無理だから!なんなんだよこれ!どこだよここ!あと普通じゃねえのはもう嫌なんだよ!勘弁してくれよ!」

「そんなおぞましい事するわけないだろう」

「えっ」


 傍目から見れば、真っ白な空間に、ふよふよ浮かぶ白い丸い太郎のナニカと、縦に細く長い白いナニカが並んでいるような、浮かんでいるような光景だ。そんな場で、なぜ会話が成り立っているのか、疑問は過ぎった太郎であったが、すぐに言葉を放った。


「俺はこれから、勇者に転生されるんじゃないのか……?」


 今この場は、夢の中のような場所だと、太郎は感じていた。まるで読んだことのある設定通りの展開が目の前にある。

 そして、白いナニカは最初に言っていた。おぉ勇者よ!死んでしまうとは情けない!と。

 完全にパクリじゃねえか。名作摂取したセリフだろそれ。ともツッコミを入れたかったが太郎は我慢した。それどころではなかったので。

 だが目の前のナニカは勇者にするなと言ったらするわけがないと言っていた。そして、おぞましいとも。だから太郎は無い腹を据え無遠慮に質問を投げることにした。どうやら人間でないのなら会話は成り立つ、普通に話が続行可能と太郎は判断したのである。散々独り言を呟き、自分と対話をし自己完結を常としてきた太郎の悲しき(さが)が状況把握にポテンシャルを上げた瞬間であった。


「なぁ、ここは」

「神界だ、かつての勇者よ」

「いややめろっつってんだろ。俺勇者じゃないし」

「勇者だ」


 正確には、勇者()()()と伝わった言葉に、太郎は再び疑問を抱く。


「どういう事だよ」

「その話は答えられぬ」

「はぁ?」


 何で、どうしてばかりが頭に浮かぶ太郎だったが、目の前の白いナニカは何故か嘆き始めた。体だって常人より遥かに丈夫に作ったのに、本当に何故死んだんだ、おかしいだろう。加護をつけられるだけつけたのに、と。

 聞き捨てならない言葉しか拾わなかった太郎は、嫌な予感をビシビシ感じながら遮るように聞いた。


「……なぁ」

「次こそもっと丈夫に……」

「おい!まさかお前!」


 太郎は頭が良かった。現在、姿かたちはなくても、太郎の頭脳は答えを急速に弾き出していた。


「その加護とやらのせいで俺は今まで誰ともまともに関われなかったのか!?」


 思い返せば最初からおかしかった。煌びやかすぎる容姿や、実家が太いのはまだ理解出来た。親ガチャなんて揶揄されるような言葉が飛び交っていた現代を思い返せば、太郎は既に最強装備とカンストデータでニューゲーム状態だった。

 それでも、頭の良さだって、強靭なメンタルだって、恵まれた故だと思えば流すことが出来た。少なからず努力だってしたのだ。だから受け入れられていた。

 しかし、幼少期から続いた、うっとり常時発動、やんわり拒否、距離の確保常時展開は絶対におかしいと思った太郎は吠え続けた。お前のせいだな!と確信を持って。

 そうして、吠え続ける太郎の言葉を包むように、柔らかな物言いで、白いナニカから返ってきたのは、肯定だった。


「そうだ。我が加護を存分に与えた」


 シアワセだっただろう。という言葉を聞いた瞬間、バチンと何かが弾けたように、太郎は言葉の限りを放出した。


「っざけんなよテメエえええ!!」


 真っ白しかなかった空間がビリビリと震えた。ふよふよと漂うように浮いていた太郎は、ちょっと待て!と慌てふためく声が聞こえても無視した。

 太郎の目の前にあった細長い白いナニカが、その瞬間にぐにゃりと歪む。


「待て!待ってくれ!その魂は勇者の魂だ!力を抑えろ勇者よ!」

「知るかボケェ!テメェ!俺が今までどんなにっ!」


 孤独だった。誰もが羨むような容姿を持っていても、有り余るほどの金があっても、信頼を一手に受けられる類まれな能力があっても、ずっと辛くて、寂しかった。


「テメェのせいで俺はなぁ!!」


 初めて自分から話し掛けた幼少期はギャン泣きおもらしの思い出。小学生からは謎の神格化が始まり、いつだって遠巻きにされた。皆、太郎を見ては騒ぎ立て、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。太郎が与えられるのは、いつだって尊敬と羨望、そして熱のこもった視線のあとの、恐れ多いですという線引きだった。


「母さんと父さんでさえまともに会話した事ねえんだぞ!有り得ねえだろうが!全部テメェのせいだったんじゃねえか!」

「勇者!頼むからやめろ!魂が勇者の力を解放すれば神界は消滅する!神界は繊細なんだ!」

「うるせえっつってんだよ!ぶっ壊してやるよ!テメェだけは許さねえ!」

「勇者!我はただ!そなたに幸せになって欲しかったんだ!だいたい徳を積みすぎたそなただって悪いんだぞ!」

「知らねえっつってんだろカスがよお!」


 そもそも俺は勇者なんかじゃねえ!田中太郎だ!と太郎が叫んだ瞬間、ピシッと真っ白な空間に引き裂かれたような亀裂が入った。やめろ!やめてくれ勇者よ!我がやりすぎた!と嘆くような声が太郎に届く。

 しかし太郎は止まらなかった。体がなかろうが関係ない。そう思考したその瞬間、ビュン!と太郎の塊が白い縦長のナニカに向かって、ナニカの形を真ん中から真っ二つに割った。


「信じられぬ!何故動くのだ!そして何故殴る!」


 我は神だぞ!という言葉なんてどうでもいいとしか思わなかった太郎は、深く考えることをやめれば割れた縦長に突進し、破壊する事が出来ると認識した。


「ぶっ潰してやる……!」

「待て!わかった!そなたの望みを聞く!だからやめろ!これ以上勇者の力を使うな!そなただって無事ではすまんのだぞ!」

「だったら勇者って呼ぶんじゃねえよ!俺は田中太郎だっつってんだろうが!」

「承知した!田中太郎!だからもう攻撃はやめろ!そして我の話を聞け!」

「聞かねえ!聞きたくねえ!なんなんだよ!そりゃ誰も関わらねえよ!神なんて馬鹿げた力使われてるんだからよ!頑張ってた俺は馬鹿みたいじゃねえか!」

「そなたは前世で凄惨な死を遂げた!世界に尽くし、尽くしきって裏切られた!だから我は!」

「いらねえ!いらねえんだよ!俺はずっと!ずっと普通に生きたかったんだよ!」


  何があったかなんてもう聞く気はない。知ったところで、もう自分の知る記憶の幼少期や青春時代は返って来ない。

 最初に白いナニカは死んでしまうとは情けないと言っていた。田中太郎は死んだのだ。ついぞ誰とも関わることが出来ないまま。そして白いナニカは、生き返らせ、とも言っていた。だから太郎は勢いのまま告げた。田中太郎のまま、生き返らせろ、と。

 

「それは出来」

「ないとか言ったらもういい。俺は消滅を望む」

「望むな!だが無理なものは無理だ!さっきも言ったがそなたは徳を積みすぎだ!田中太郎の人生ですら努力を怠らなかった!貯金が溢れてる状態なんだぞ!」

「じゃあその貯金とやらを使って俺の望みを全て叶えやがれ」


 普通の。普通の生活がしたい。喋ったところでうっとりなんかされない、人間関係に悩み、怒られて凹み、理不尽な目にも合う。それが当たり前の人生だろう、と太郎は言った。


「なんならもう虫でいいから生き返らせろ。この際普通なら虫の一生でもいい」

「それは罪を犯し自死を選んだものの末路だ。そなたはあと100兆回犯罪者になり自殺を試みないとなれぬ」

「えっ、そんなルールあんの?」

「ある。だがわかった」


 そなたは神を攻撃した。だから我はペナルティを与えられる。そなたのいう「普通」は、所謂神の試練だ。修行をしたいというならば可能だ。と、真っ二つになったナニカが元の縦長の姿に戻り、亀裂の入った空間が再び真っ白しかない空間に戻った。


「田中太郎、我もやりすぎたのは事実。干渉が過ぎた。だから神の試練をそなたにやる」

「……おう」

「その代わり、そなたは次の生が終わったら神になる」

「なりません嫌です」

「そのくらい、そなたの神格は溜まっている。そして運命神にも気に入られている」

「ちょっと待て!何の話だ!」

「さらばだ」


  また会おうぞ。という言葉がぼんやり薄く聞こえた太郎は、ふざけんな!何だ神になるって!つか運命神!?と吠えたいのだが言葉にはならなかった。そして真っ白しか見えなかった視界が、薄くなり、暗さを帯び、暗転した。


「おめでとうございます。心拍が確認出来ました」


 田中太郎はこうして胎内へ送られた。


「田中太郎、やはりそなたの神格は溜まりすぎていた。また加護はつけなければならぬ。だから1番神格を削る記憶持ちをつける事にした。すまぬ」


 普通から早速逸脱してんじゃねえか!という田中太郎の怒りの声は、胎内から排出され、おぎゃあと泣き、言語が発達するその時まで、放たれることは無かった。


 そうして田中太郎は、再び普通ではない状態で、人生の幕が開くのである。








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