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田中太郎、死す

田中太郎。24歳。次の人生の願いと目標「苦難を乗り越え、とにかく普通に生きる事!」

 

  田中太郎、24歳。この春目出度く大手製薬会社に入社。初出勤日である。しかし太郎の足取りは重かった。


  田中太郎は物心ついた時から悲観していた。己の人生に、である。


  自宅は都内有数の高級住宅街一戸建て。6SLDKの広さを持ち、お抱え庭師が定期的に整えに来る立派な庭もある。

  車の所有は3台で、母親と父親の外車が1台ずつ。あとは太郎の車が1台。

  容姿は端麗。いわゆる二次元のイケメン王子をそのまま体現したスタイル、顔で、幼少期から芸能界へのスカウトもしつこく来ていた程。

  人生ベリーイージーモード。何を悲観する事があるのだと周りは口を揃えて言うのだが、田中太郎からしたら、まさにそれなんよ。という話でしかない。


  そもそも、田中太郎という人間は、普通なのである。本人からすれば、性格は至って普通の男。小さい頃からそうであった。

  オヤツを買って欲しくて駄々をこねた幼少期があったし、棒を振り回して走り回る小学生期だってあった。教科書の偉人に鼻毛だって描いて笑っていた。

  エロ話や下ネタにもはしゃいで楽しんだ中学生期も経てきた。エロサイトを見ては履歴を消すのにもたついて架空請求をされた事もある。

  初めて彼女が出来た高校時代だって、バイトにサークルにと忙しくも充実した大学時代も、普通に通ってきた。

 けれど田中太郎はいつも独りであった。ハイスペックのせいでいじめられていたわけではない。逆だ。


  田中太郎は、いつだって神格化され、崇められてきたのである。




「田中太郎、K大卒です!宜しくおながしますっ」

 

  新人の挨拶で噛んだ。

 普通なら、失笑ものだ。先輩方からは生ぬるい眼差しを受け、上司からは苦笑いを貰えたであろうシチュエーションでも、田中太郎は見つめられ、ほぅ、と色のある溜息をこぼされる。まるで噛んだ事なんて、カットされたかのように無に帰してしまう。そして見つめられる。うっとりと。

  何故だ。おかしいだろ。そうは思ってもずっとこんな調子だった。太郎は、自分以外の人間とまともにコミュニケーションを取れたことがない。これが、物凄く辛かった。

  何をしても、うっとりと見つめられ顔を赤く染められる。老若男女問わず。時期問わず。親でさえそうだ。太郎が何かを話せば「可愛いねぇ」と言葉を遮ってきた。もうそれは、幼少期から続く呪いだと太郎は思っている。

 その幼少期なんて、もっと酷かった。太郎は幼稚園に通っていたが、幼稚園で友達と遊ぼうと近づいたり話しかければ、同クラスの幼児に泣かれてしまうのである。

  田中太郎の美しさに恐れおののくように、それがまるで畏怖を対象とした人間の本能を晒しているかのように、太郎が話し掛けた途端、相手はギャン泣きする。一緒に遊ぼうと誘ったらギャン泣きだ。それだけではない。太郎に話しかけられたからと、興奮しきって目の前でおもらしをされた事すらある。いつだって太郎が喋れば会話は成り立たなかった。いくら天使のように可愛さが極まり、まるで人形が喋っているように見えてしまったとしても、太郎はれっきとした人間の子供だ。しかも幼児。ギャン泣きおもらししか取れないコミュニケーションなんてたまったものではない。

  しかし、太郎はそこそこ図太かった。そして頭も良かった。容姿に恵まれ、金銭に苦労することも無く、頭も良ければメンタルも強かった。だからこそ太郎は、何度絶望しても()()()という一抹の希望を、いつだって抱いていた。


  成長するにつれ、容姿端麗な姿が恐ろしい程に際立ち、一挙手一投足の所作が優雅に洗練されていこうとも、声変わりをした時に出た声が、美しさを響かせる甘いバリトンボイスだとしても、名は「田中太郎」である。

  本名が田中太郎。全く普通の名だ。読み方だって、至って普通のタナカタロウでしかない。

  よく、小学校や中学校の教科書で出てくる太郎くんは100円をもってお使いにいきました、の例文に出てくる田中太郎だ。太郎は大歓喜した。小学生になり、教科書を貰い、パラパラめくっている時に自分の名前を算数の教科書に見つけた太郎は、柄にもなく吠えた。「ともだちが!できる!」と。

 きっかけは教科書だ。話し掛ければ大惨事になりがちな太郎だったけれど、教科書にあるなら。これで誰かしらが「同じ名前!」と話し掛けてくれると思っていた。


「……結局ダメだったけどな」


 そんな独り言を零しても、周りはうっとり見つめてくるだけ。それを認識するのが日常でしかない太郎は、それでも希望を捨てずに初出勤の場に来ていた。挨拶は噛んで失敗した。なのにうっとり見られている視線しかないから、最終的に結局同じ結末にしかならない嫌な予感はするのだが、是が非でも諦めたくなく、太郎はそっと席に座った。


 そうして、学術部門という部署に配属された太郎は、そのままうっとりとした視線を全員から受けながら仕事をする事となる。絶望した。異常事態甚だしいのに罷り通る現実を恨みながら初出勤日をこなす太郎は、ウッゼーと零してみたりしたのだが無駄だった。綺麗にカットされてしまった。上司を前にウッゼーと言っているのに、流される。そうしてまたうっとりと見つめられる。どう考えてもおかしいしかない現状だ。そんな具合で太郎の日常はちゃんちゃらおかしな事になる。

 だがそんなもの、もう慣れっこだ。だから太郎は、すぐに次の手を打つ。


「田中くん、えっと……この資料」

「あの、普通に喋って貰えます?クソキメェんすよ」


 もはや悪態を超えた暴言である。しかし太郎は普通に言い放った。悪いことをしたという認識は無い。

 この異常事態を打破すべく太郎は暴言を敢えて放っているのだ。眉間に皺を寄せて目の前でモジモジ喋る齋藤隆(51)のオッサン上司に、なんだと?と怒りの眼差しや言葉を返されたく告げた。だが無駄だった。

 本来であれば、なんだコイツと悪印象しか持たれない。当たり前だ。クソにキメェをプラスしているのだから。しかし田中太郎がやると斜め上に変化が起こる。


「そ、そうだね。じゃあ、この資料を右から、あっ左から順番に纏めて……あっいや、ゆっくりでいいからね」


 最初は誰でもわからないことだらけだから。なんて優しく諭されキメ顔を向けられ地獄にしかならなかった。毎度の事である。

 太郎は生まれてから今まで一度も怒られたことがない。注意すらない。

 今だって相手は加齢臭を感じる紛うことなきオッサンにクソとキメェを放ったのに怒られない。毎度毎度そうだった。だから早々に諦めた。太郎は切り替えも早かった。


「……はい」

「君は期待の新星だ。本当に期待してるから。何でも私に聞いてくれ。あ、気軽にねっ」

「……ハイ」


 オッサンの語尾上げキッッショ。とまでは言わぬ選択をした太郎である。

 するとオッサン上司が、あとで連絡先渡すから。と耳打ちをしてきた。鳥肌しか立たなかった。しかしこれも毎度のこと。

 太郎はその手の熱い視線も言葉もずっと受けてきたのである。無論、老若男女問わず。オッサンにも、である。だがやはり、ここでも斜め上の展開になる。


「あっ、さっきのやっぱナシ。そういうの良くないね。調子に乗っちゃった」


  熱い視線も言葉も、身近な時間で終息するのが常だった。そのあとは申し訳なさそうな態度一辺倒になる。


「私ごときが君を煩わせてはならない。君はトクベツなんだから」


  もうこれホラーだろ。としか思えない展開に、毎回毎度いきなりなる。完全に意味がわからない流れだが、これが太郎の日常でしかない。

 熱を上げ迫ってきたかと思えば、わずかな時間で引いていく。自分を卑下する言葉つきで、だ。太郎はこうなると絶望しかやって来ない。またダメか、と。


 太郎の小学生期から同じことが起こっている。むしろ始まったと言っていい。

 そもそも、田中太郎という名前なんて、小学生に与えればからかい必至の名前だ。なのに太郎は、小学校6年間の中で、誰にもからかわれた事がなかった。誰1人名前いじりをして来なかったのである。

 教科書を開けば、太郎くんはいちごを1つ買いました。なんて文章が書かれているのに、太郎は6年間、何度教科書にタロウが出てこようが、「教科書に載ってるなんて凄い!」「やっぱり田中くんってトクベツなんだね!」と言われ続けた過去がある。

 違う。トクベツだのスゴいだの、太郎が欲しかったのはそんな言葉ではない。「おい太郎だってよ」「太郎が200メートル走りましたって書いてあるぜ?」「走って来いよタロウく~ん!」と、ニヤニヤからかわれ、クスクス笑われたかった。決してドMではないが、自分の名前が教科書に載っているのだ。触られすぎるのはどうかと思うが、無駄に褒められる意味がわからなかった太郎である。


 それは中学生時代にも続く。「Mr.Tarou」と英語の教科書に出ているのに、女子の教科書にはハートを描かれ、男子は視線を逸らし「カッケーもんな太郎は」なんて照れながら言われてきた太郎だ。そこで照れはいらねーだろ。とノリ良くツッコミを頑張っても、何故か男子は照れてトイレに行ってしまう。センシティブな話なら一緒に悪ノリしたかった太郎であったが、そんな話田中くんと出来ねえよ!と拒否られた。普通に太郎は傷ついた。

 太郎は、思春期にはしっかりやさぐれ、口も順調に悪くなった中学期である。


 だがしかし。今回ばかりは諦めたくなかった太郎が現在いる場は、大の大人が多数集まる会社の一室である。

 高校時代、大学時代も結局同じようにまともに他人と関われずきた太郎は人に飢えていた。

 唯一、太郎の人生の中で好きですと告白をしてきた女の子は高校時代にいたが、同クラスどころか他校の会話をした事がなかった子であった。それでも初めて他人に声を掛けられた嬉しさで、太郎はすぐにOKをした。

 しかし3日後に「私じゃ釣り合わなかった。ごめんなさい」と振られた太郎である。

 たった3日で破局した。デートもなければ電話やメッセージを送りあった事もなく、告白され、OKをしたら嬉しさを爆発させた女の子は、すぐにバタバタとその場を去ってしまった。そうして3日後、告白をされた場で「釣り合わないから別れます」と言われて終わった。以降その女子と会うことはなかった。名前すらわからない。まさかぼんやり覚えている制服を頼りに探しに行くわけにも行かず、数ヶ月告白をされた駅で探しては見たが会えずじまい。思い返せばちょっとしたホラーにも思える初カノだった。


 バイトだってまともに出来た試しがない。すぐに人がゴミのように集まってくる、もしくはうっとりと見つめられ、のちに「こんな事させられない!」と言われる。しかしバイト代は払われるなんて、無茶苦茶な状況にしかならなかった。

 ラッキーと受け取れるなら良かったけれど、太郎には無理だった。金なんて、有り余る程既に親から親戚から受け取っている太郎だ。正直働かなくても一生過ごせるだけの資産はあった。


 しかし、太郎は孤独から抜け出したかった。だから頑張った。大学受験の為にみっちり勉強に励んだ。そうして自ら選ぶことが出来た、まともで倫理観が強い製薬会社という、大人が多数いる場にいられる事は、太郎にとって一抹の希望を持てる十分な環境だった。早速次々とダメな結果は出ていても。

 就活は案の定百発百中だったので、その中から1番お固く、倫理観が強そうな場を選んだ太郎だ。それも昭和生まれのオッサン共が蔓延る1部上場企業の大会社を中心にしっかり吟味して決めていた。古き体制が期待出来る企業は、太郎にとってはもう、最後の砦なので。


 同年代への期待なんかハナから捨てていた太郎は、昭和生まれのオッサン、なんなら役員におわす爺さんのような重鎮たちに期待を抱いていた。カスハラモラハラハラハラハラハラ喧しい現代だろうが、昭和生まれであれば、誰かしらツッコんでくれるだろうと思っていた。おいイケメン、お前名前めっちゃ普通じゃねえか。チグハグなやつだなぁ!なんて言って欲しかった。お前はツラしか取り柄ねえのかよ、なんて言われたら最高だ。元気よくハイ!と言うと太郎は決めていたくらいだ。イケメンは変えようのない事実なので太郎はそこはスルーする事にしている。


  だが、太郎の願いは叶わなかった。その日太郎は、結局うっとりと見つめられながら、熱のある視線を受け続け、まとめた資料を提出すれば謎のべた褒めをされ、挙句業務を早く切り上げて行われた新入社員歓迎会で遠巻きにされ、酔っ払ったオッサンが溢れている居酒屋で、オッサン上司にうっとりと見つめられていた。そして、こんな場にいさせるわけにはいかない。早めに帰りなさい。と早めの帰宅を促された。


  太郎は絶望した。もう嫌だった。気付けば帰り道、ふらふらと歩いていた太郎は、横断歩道の信号を見ないで渡ってしまった。その瞬間、ドン!という衝撃と共に太郎の視界は暗転した。


「なのに、なんだここ……」


 気付けば真っ白い空間にいた太郎だった。病院のベッドの上では無い。痛みもない。あるのは何故か浮遊感。

 太郎は浮いていた。見えるのは白だけ。


「えっ、まさか俺体無い?」

「おぉ勇者よ!死んでしまうとは情けない!」

「はっ?」


 現れたのは真っ白いナニカだった。人の形は、しているような、していないような、縦に細いナニカが太郎の前に浮いていた。





 

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