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 バルドルとナルは、神族や戦乙女の居住地、馬小屋、厨房、花畑の庭など、広大な神の国を回っていた。そして、最後に――。

 

「ここが、図書室だ」

「わぁ!」


 最後にバルドルが連れてきたのは、広大な本が敷き詰められた場所であった。その場所に、ナルは瞳を輝かせている。


「す、すごい! あの家にも沢山あったけど、ここはそれ以上!」

「ここには、お父様が知識を保有するために集めた本が保管されている。もうお父様は、ここの本を全て頭に入れていらっしゃるから、他の者がいつでも読めるように此処に置いていらっしゃるのさ」

「ぜ、全部ですか……!」


 オーディンの行動に、ナルは目を丸くさせながらも、視線は本から離さないでいる。

 そんな彼等の傍に、一匹の鴉がバルドルの肩に留まった。


『ご機嫌よう、バルドル様……おや? その女の子は?』

「か、鴉が喋った!」


 突然鴉が喋ったことにナルが驚くと、そのナルの言葉にバルドルと鴉も驚きの声をあげる。


「な、ナルさん。もしかして、彼女の言葉が分かるのかい?」

「えっ? は、はい……! 分かります!」

『はへ〜! なんで分かるんでしょうか? 神族の方ではないのでしょう?』

「あ、あぁ。彼女は人間族のナルさん。今日からロキの保護下に入るんだ。ナルさん、彼女はフギン。お父様の側近の一羽だ。……けれど、本当に不思議だ。色々と貴方達については調べる必要がありそうだね……」


 バルドルはぶつぶつと呟いているのを、ナルはオロオロと見ており、それを見兼ねた鴉――フギンが彼に声をかける。


『バルドル様。実は今、ホズ様がこちらにいらっしゃいます。お会いになられますか?』

「ホズが? そうか。それは都合がいいね。ナルさん」

「はっ、はい!」

「少し、ここで待っていてくれないか? 貴女に紹介したい子がいるんだ」

「わ、わかりました」


 ナルの返答を受け取ったバルドルは、ほんのり笑みを浮かべてからフギンと共に図書室の奥へと向かっていった。

 その背後を見送ったナルは、この時間をどうしようと頭をキョロキョロを動かす。

 視界に入るは、本、本、本。彼女が永遠の命を授かろうとも読みきれない量の本が埋められているこの部屋で、ナルの頭にはある謎が浮かび上がっていた。


「どうして私、こんなにも本が好きなんだろう」

 

 目覚めてからというもの、こんなにも本に対して興味を持つのは何故なのだろう。とナルは不思議に感じている。それでも、好奇心というものは止める事は出来ず、ナルは近くにあった本の革表紙を撫でる。


「ねぇ、そこの貴女」


 そんな彼女に、声をかける者がいた。

 バルドルではない、女性の声であった。ナルは声のした方へと視線だけ動かす。そこには、ナルよりも少し大人びた女性――いや、女神がそこにいた。

 赤茶の大きな瞳と同色の愛らしい巻き毛。誰もがその姿に見惚れてしまうほどの美しさの化身が、ナルの真後ろに現れた。


「私、ですか?」

「えぇ、そうよ。邪神ロキ……アイツと貴女――いや、ご兄弟も確か一緒だったわね? その関係は?」

「? 関係、ですか? ロキさんは……私とお兄ちゃんを助けてくれました。それに、これからも一緒にいてくれるって……」


 ナルは自分の髪を弄りながら、女神にそう答えた。しかし、その答えに女神は何やら納得のいっていない様子である。

 

「フゥン。でも、人間? ……よね? そんな貴方達に邪神ロキはどうして興味を持ったのかしらね。何か、不思議な力でもあるのかしら」


 興味深げにナルの顔を穴が空いてしまいそうなほど見つめる女神。そんな女神の視線と疑問に、ナルは狼狽えてしまう。彼女自身、答えられなかったというよりも、不思議に思っていたことでもあるし、聞くに聞けない事でもあったからだ。

 けれど今の彼女の心情は、それについてのモヤモヤではなかった。


「あの……なぜ、邪神なんですか?」

「……はい?」

「どうして、ロキさんを邪神と呼ぶんですかと聞いているんです」


 ナルが女神を見るその瞳には、ほんの少しの怒りの火が灯っていた。そんな彼女の態度に、女神は首を傾げる。


「なぜ、貴女が怒っているのかしら? 邪神は邪神よ。穢らわしい巨人族でありながら、神族の一員になるなんて……。ほんと、我ら最高神が面白いことが大好きな変神でない限りありえないことだわ」


 巨人族。それは、神族と果てしなく長い、切っても切れない因縁の鎖で繋がれた種族。

 

「私は、巨人族の事はよく知らないです。でも……ロキさんは、違う! そう私は言い切れます!」


 ナルは拳を強く握りしめて、強く女神に言い放った。しかし、そんな彼女の姿に女神は哀れみの目を向ける。

 

「あらあら可哀想な子。たった一度優しくしてくれたからって、そこまで信じられるの? あの邪神を?」

「だから――っ!」

「レディ。図書室ではお静かに」


 彼女達に、冷たい静止の声がかけられる。

 その声の方へと視線を向ければ、そこにはぽかんと驚きで口を開けたままにしてしまっているバルドルと。彼が手を貸している、顔が見えない金髪の青年がいた。

 青年は、前髪が長く目元は見えないが、どことなくバルドルに似ている雰囲気をしている。

 そんな彼等の登場に、ナルは安堵し女神は不満気な溜息を溢す。


「いいんですか、城内を彷徨いたりなんかして。今日はオーディン様がいらっしゃる日なのに」


 女神の言葉に、その青年は「ハハッ」と鼻で笑う。

 

「まさか貴女が心配してくれるとは」

「いるはずのない者が居る。そんな場に妾も居合わせると、対応が面倒くさいのでね」

「それはそれは。けれどご心配なく。あの方は今、葡萄酒を堪能しているとフギンが教えてくれたからね。今日は、もうどこにも顔を出さないんじゃないかな」


 青年の話を聞き終えた女神は「えぇ、そうですか。それではごゆっくり」と図書室から出ていった。

 彼女が出ていくのを見届けたバルドルは、一つ息を吐いてから、ナルへと姿勢を正す。

 

「うちの仲間がすまなかった。彼女の代わりに非礼を詫びよう」


 頭を下げて謝罪するバルドルに対し、ナルは「だ、大丈夫ですっ!」と慌てながら首を大袈裟に横に振る。

 そんな彼女を見て、バルドルはふふっと笑みを見せる。


「お? 何かあったのか?」


 女神に代わり、次に現れたのは。ロキと、なぜかボロボロで手当を受けたナリの姿であった。そんな兄の姿に驚きを抑えられないナルは「お、お兄ちゃん! どうしたの?」と、ナリの元へとすっ飛んでいく。


「べっつに! なんでもねぇよ!」

「ナルちゃん、聞いてくれよ〜。こいつさぁ――」

「あー! 言わない約束だろ、ロキ!」


 ロキはニヤリと悪戯な笑みを口元に浮かべながらナルの耳元に身体を屈ませる。そんな彼の行動に、ナリは耳を真っ赤にさせて怒りを露わにさせる。

 彼等がそうガヤガヤと騒いでいるのを、バルドルは顔に苦笑いを浮かべながらもそんな光景を楽しげに見ている。しかし、黙って見守っていた青年が「ごほん」と咳払いをする。その行動に、騒いでいたロキ達がぴっちりと口を噤んだ。


「あの、兄様。ロキの声は分かるのですが……他の二人の声は初めて聞きます。その方々が、兄様の紹介したい人ですか?」

「あぁ、そうだよ。ナリ君。ナルさん。紹介しよう。私の弟、ホズだ」


 紹介された青年――ホズは「ナリくん? ナルさん?」と彼等の名前を呟いた。


「よろしく!」

「よろしくお願いします」

「……。あぁ……。よろしく」


 元気よく挨拶を向ける兄妹と真逆で、切なげに、けれどあたたかな声音で返した。

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