第9話
朦朧とした意識の中、目を覚ました。
いつもより、楽な目覚めだった気がする。しかし、あの突然の暗転による頭痛は消えそうにない。
くらくらとする頭を支えながら顔をあげてあたりを見渡す。
いつものように白く、無機質な壁とそこに散らばる血が優奈を迎えた
「二回目…」
絶望のような瞬間が始まった、と思った
寝る(あれを寝ると表現していいのかは微妙だが)その瞬間もこれまでにないほど最悪だった。
「とりあえず、みんなと合流することが先かな…」
冷静さを欠かないように、周りを警戒しながらゆっくり進んでいく。
時折、悲鳴が聞こえる。しかし、それをできるだけ無視をした。
現実を見て、この少しの正気を消滅させるような愚かなことはしたくなかったから。
それに、悲鳴とは殺されたと同義と考えるほうが賢明である。そんなところに突っ込むほどの自殺願望者でも、お人よしでもない。
でも、
「はぁ、はぁ」
時間の進みがわからないこの世界でのそれはキツすぎた。
何時間、逃げただろうか。
もしかしたら30分もたってないのかもしれない。
今回は運がとても悪いようで誰とも会えていなかった。
それは少し表現が悪かったかもしれない。声を発さぬモノと化してしまった残骸には多く会った
見て見ぬふりをした
そんな残骸は多くあるのに先生にも会えてないのが不幸の始まりのようで気味が悪い。
何個の残骸が落ちていたのかなんて数えれないくらいにはぐちゃぐちゃで申し訳ないけど気持ちが悪いと感じた。
その時点では、まだ死者に対する敬意とか、そういう理性が残っていたように見受けられた。
次第にそれすらもどうでもよくなり、それを避けようともせずに構わず道の、多く死骸の転がる端の方を歩く。
グチャリ、グチャリ、と音がなる。
もう、可哀そうとも、気持ち悪いとも思えない。
下を向いて、肉塊が視界に入り、ただひたすらに前に進み、角を少し警戒して曲がる。
階段の所々には横たわるように肉塊が、血が邪魔をする。それもそのまま気にせずに踏みにじる。
それが、自分をここに存在させている。
しかし、何十回と繰り返すとともに端を歩くことすら、警戒することすら、面倒くさく感じて、道の中央を堂々と歩くようになった。
そのあと、何回、曲がって、階段を、上って、下って、を繰り返しただろうか。
何の変哲もない、ただの、いつも通り死骸が転がっている廊下にいた。
ひとりの、『人間』と出会えた
それはとてつもなく容姿端麗で、美しかった。
『どうかしたのかい?』
その声は聴いたことがあった気がした。
でも、思い出せない。
それは優奈にとってどうでもよかった。久しぶりに見た、原型の形をとどめた、二足歩行で、言葉を発する生き物に本当に久しぶりに会えたのだから
「ねぇ、少し、お話ししない?」
『呑気だね。』
「そうかな」
『そうだよ』
と大げさに手を広げて言う。そして、少しいたずらっ子のような笑みを見せる
『だって、君以外みんな死んじゃってるよ?』
なんてことのない、そう。石がそこに転がっているよ、みたいな。そういう日常会話の一部だといわれても変哲のないテンションで告げた。
しかし、優奈はその言葉を正しく頭で理解できない。
彼女の頭はもう狂い始めているから。だから、彼女も似たようなテンションで答えたのだ。
「べつにいいよ。」
『へぇ?』
興味深そうに眼を見開く。
まるで、自分の心の隅から隅まで全部見透かされてるのかと錯覚するほどのするどさ。
優奈はそれでも気にしないというように続ける。いや、本当に気にしてないのだろう。
狂人には常人の気持ちなんてわからない
「だって、ここに来た時点でみんな死んだようなものだし。どうでもいいよ。」
すこし驚いたようにその少年は目を見開いた。
『薄情者だね』
「そうかな?それが普通じゃない?この世界にいたら狂っていく。早く死ねたらそれだけ幸運というべきかもね。」
乾いた笑いを漏らした。
もう、優奈はいないのだ
『へぇ?じゃあ、しになよ。』
「君が私を殺せるわけないでしょ?」
その言葉を優奈が小ばかにするように返すとその子は口を開いた。
先ほどと変わらぬいたずらっ子のような笑みでその双眸になにか、深い感情を携えて。
『それはどうかな?』
優奈の首に冷たい、無機質な何かがあてられる
少し、強めに押されると、どくどくと波打つ音が頭に響く。
首筋を、密着している服をなにかがスーと滴り落ちる。
優奈からは全く見えないそれは、濃厚な赤色だった。このほの暗い病院でも、少しの光に反射してそれは金属光沢のように輝く。
命の雫が滴り落ちる。
「っ…やっと会えた」
でも、この時を待っていたとでもいうように彼女の表情は穏やかだった。
死に対する恐怖でも、生に対する執着でもなく、ただ静かな微笑みだった。
それは、ようやく願望が叶うというような、よく分からない感情。
「先生、だよね?」
そいつは何も音を発さない。益々、期待の笑顔が強くなっていく。熱のこもった、声が出る。
「先生、先生、こんにちは?元気でした?私ずっと会えないから寂しかったんですよ?なんでみんなには会いに行っていたのに、私には会いに来てくれなかったんですか?私は、私は、独りぼっちだったのに。助けてくれなかったんですか?ずっと…歩いて探してたのに。」
『先生ではないと思うよ』
語っている狂人…彼女に、横やりを刺した、無慈悲なるそいつは、彼女の希望を打ち砕いた
にこやかに、先ほどの比でもない、悪戯が成功したとでもいうような満面の笑顔。
一旦、冷静になるためか真顔になると、いじわるそうににやりと笑う。
言葉をつづけ、粉々に、粉々に、粉々に、ただひたすらに、彼女の希望を打ち砕き、絶望を見るためだけに
後ろで彼女の首に凶器を当ててる奴は趣味が悪いな、と、部下のような仲間として、友達として思わずにはいられなかった。
「え?」
『フフッ、あ、アハハハハハッッ!!』
もちろん、必然のことで、彼女の顔は唖然としたものから少しづつ、あの高揚から逆方向に突っ走り始めた。
「嘘、うそ、うそだ。そんなことがあるはず」
その言葉とその表情を見た時、少年は今まで見せたことのないような、醜く、ゆがんだ笑顔を見せた
狂人のその表情を見た瞬間、美しいとまた感じてしまった。絶望の最中で、思ってしまったのだ。
どこかで聞いたことがある。人間の脳というのは思った以上にバカらしくて、思い込んだら結構その通りに無意識的に動いてしまうらしい
そして、それすらも美しいと感じてしまう脳は本当にバカなのだろう、と絶望しすぎて冷静になった頭で狂人は呑気に思考していた。
『あるんだよね。この世界の人間は可哀そうだよ。掌でクルクル踊らされてるんだからね!!!あっはははっははは…もう、笑い過ぎておかしくなりそうだよ。』
「そんな…」
『そんな喜びを提供してくれた君に一つ、ボクの二つ名…いや、身分を紹介してあげよう』
「・・・」
絶望の淵から、優奈は返ってこない。そんな彼女のことなんてお構いなしに自己紹介をする
『僕は管理者白がヒトリ、に』
それまで力はこもってなかった。でも、その彼女の首から赤黒く、人間の活動を支える、液体が噴水のように勢いよく噴き出る。
力の抜けた人形が崩れ落ちる。
床は、赤い。ただひたすらに紅に染まる。水たまりのように、しかし、それよりも早く、彼と彼女を殺したやつの足元に広がる。
はぁ、とそいつが大きなため息を一つついて少年に話しかけた。
《なにやろうとしてるんですか》
『せっかくカッコつけれるとこだったのに。』
そんな幼稚で短絡的な思考で軽々しく口にしていいものなのかと、心の中で、とても残念に思うと同時にもう仕方がないという諦めのような呆れが込み上げてきた。
彼はいつもそうなのだ
《はいはい。そのくだらない感情は置いといてください。我々はあの方を救出しにこの世界をわざわざ呪いであふれさせて染めたんですから。》
『…そうだね。ま、救出よりかは拉致が目的だけどね。はぁ、なんで僕に、僕なんかに筆頭の地位預けて消えちゃったんだろうな。』
《…それよりも、あの子にご自分の名前言おうとしたでしょ》
『そうだね』
《やめてくださいよ?》
『わかってるよ。少し気分が向上しちゃっただけだから』
《はぁ。わかりました。で、目星はついてるんですか?》
『もちろん』
自信満々な彼に疑問を持つ
私たちに彼女を特定するすべなんて存在しないからだ。
私たちの元筆頭様。その彼女の実力を上回るのなんて、失踪した透明くらいだろう
《誰ですか?》
『今の少女。まさに、※※が憑依しそうだと思わないかい?』
《なんで?》
意外な候補過ぎて思わず素に戻ってしまった。彼女がいないのだから、敬語であるのが普通だというのに
まぁ、こいつが気にしなかったのなら構わないか。
『あんなに表情豊かなんだ。きっとそうだ。』
《根拠がないってことですね》
『仕方ないじゃん!!あいつを見つけるってどんな技使えばいいんだよ!』
《…あの子がまだ生きていたら餌にして釣れたかもしれないのに…》
『ダマレ』
その瞬間、浴びたこともないような濃密で大きい殺気があたり一帯を包み込んだ
びりびりと、震えてないはずの空気が空間が、震えたように感じた。
神経が危険信号を発して鳴りやまないせいで皮膚が痛く感じる。釘を全身に刺されてる、当てられているみたいに
だからこそ、ラフな対応をするのだ
《はいはい、すみませんでしたよ、そんなに怒らないでください》
『…ごめん。少し頭に血が上っちゃったみたいだ。』
まぁ、これに関しては仕方ないと思った。
あの子がいたから、透明は失踪…表向きでは失踪となっているが実質消滅し、あの方もどこかに行方をくらませてしまったのだから。
彼の、大事な、初めての、好敵手が自ら行方をくらましたのだから
そして、あの方の一番大切なあの子を利用するというのは合理的だが、救出した後、あの方の絶望を招いてしまうだろうし、わあたしが言った案はリスクが大きすぎる。
彼が怒るのも致し方がない
『この呪いをさっさと終わらせよう。もともと、正しい手順を踏んで行ったものじゃないんだ。適当におわらせて記憶処理でもしておけば、いいだろう』
ハッとした。そういや、彼に言ってなかったな、と。
こんな重要なことを忘れる自分もすごいな、と開き直りながら話す
《あ、それなんだけど、あの方が呪いの成功報酬に自分の身柄を管理者に受け渡すっていうのを追加しちゃったから正規ルートでこの呪いを終わらせないと帰ってこないよ》
『は?』
その時の少年の顔は生涯で一番面白かったと、後に奴は語るのだった。
やほー!読んでくれてありがとうございました。連載していく予定なので心待ちにしてくれると嬉しいです。高評価、感想、誤字脱字などたくさん送ってくれると嬉しいです。
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