第11話
来未さんが消えた。
私がかかわったのはほんのわずかな短い時間だった。本当に。
それでも、わかるものだった。楓花と、来未さんの関係は。
それほど、互いを大切にしていた
互いを思いやって生きていて、私たちの目の前に二人が存在し、二人で微笑みあっている。そう、錯覚してしまうほどには
楓花は、優奈に抱きつかれたまま未だにシャクリを上げて泣いている。
「楓花…」
「来未………なんで?急に消えちゃうの。なんで、なんでよぉ…」
「……」
一瞬、何かいい足そうに口を中途半端に開いた優奈だったが、何を言うべきかわからないとでも言うように視線を泳がせ、その口は何も発されずに閉じられた
励ますべきだったのかもしれない、でも。
彼女の姿が本当に傷ついてて、砂の城みたいに少しの衝撃で崩れ落ちてしまいそうで、言葉が喉に詰まって、何も、言えなかった。
優奈は電気をつけなければよかったと思った。優奈は彼女のこんな姿、見たくなかったのだ
ボロボロになった精神を見たら、そこにつられそうだと、その感情の波にのまれてしまいそうだと、思ったからだ。
「来未さんは信じてほしいんじゃないかな」
噓をついた。嘘じゃないけど、本心でもないこと。
来未さんは信じてほしいと思っている、そんな気がする。でも、私は彼女を慰めるためにこの言葉を投げかけたわけではない。その言葉をかけたことに心の奥がとても苦しい。
優奈はもう、これ以上見たくないのだ
この苦しさの中で狂気に呑まれながらまともなふりをする知り合いを、友達を見たくなかったのだ。
「え…?」
「戻ってくるって。信じてほしんじゃないかな」
「……少し、時間ちょうだい」
「うん」
まだ、傷ついているのは目に見えてわかる。
でも、彼女の目には少し光が戻ってきているように見え、本当に良かったと優奈思った。
隅で体育座りをし始めた楓花を横目にスマホをいじる。
メールアプリでみんなが何かリアクションを取っていないか見たかったからだ。
私たち以外も、こんな目にあったのか、それがはっきりしていない以上、全く状況の整理ができない。
そもそも、私以外に夢を見た人はいるのか。
本当に、記憶がない。でも、ずっと一人で彷徨ってたのだけは覚えてる
寂しくて、悲しくて、つらかったのだけは覚えてる。心に残ってる。
「最後に出てきた人…きれいだったなぁ。誰なんだろう」
メールの確認をやめて検索し始めた。
通知も全く来ていない様子だったしいいと思ったのだ。
「えーっと…世界で一番美しい人?」
それしか検索材料がないことに気づき嫌になりかけたが、あんなに美しい人間なのだ。
検索結果に全く引っかからないなんてことがあるはずない。
と、思っていたのだが…
「髪の色違うなぁ…というか、あんな色素の組み合わせの人間なんて世界に存在するのかな…」
そうやって思案していると、扉の外から声が聞こえた。
「優奈ちゃん」
母の声だった。
よく響くな、と思うのと同時に生きている、という実感が心を占めた。安心もそこには隠れていた。
とりあえず、心配されないようにいつものような声を出すことを心がけた。普段無意識で出している声を真似しようとするのは難しいな、と感じながら声を返した。
「なに?」
「チョコレートクッキー焼いたんだけどいる?」
チョコレートクッキー。私が大好きなお菓子だ。母が手作りするチョコレートクッキーは私が甘い物が好きなのを把握してくれているため、お店のものより甘めに作ってくれている。糖分や体重などを考えて一気にたくさん作ってくれないので、作ってくれた時はゆっくり味わって食べ、紅茶を一緒に飲むのが私のこだわりだ。
「ありがとう」
そう言いながら扉を開け、母からクッキーの乗った皿を受け取る。
どうやら母にはまだバレていないようだ、とほっとした。
「優奈ちゃん、何かあった?無理をしているように見えたんだけど…」
なんてタイミングだ、と思った。よく子供を見ているなぁと他人事のように関心もした。子供の心をこんなにも見透かせるなんて、母ぐらいじゃないかと思った。
「ううん。大丈夫だよ」
「そう?何かあったら言ってね」
母はこういうとこが本当に鋭い。だから少し面倒に感じてしまうところもあったのだが、良い母親に変わりない。というか、素晴らしすぎるくらいだと思う。
そして、まだ隅で体育座りをしている楓花に声をかけた。
「楓花、クッキー食べない?美味しいよ」
「……もらう。」
食欲が少しでもあるのは良かったと思う。
でも、元気がなさそうな様子は変わらない。
「紅茶も飲まない?これ、美味しいんだよ」
「…うん。」
コクコクと小さく喉を鳴らし、飲む。
そしてクッキーを一つつまみ口に運ぶ。
目が見開かれた。
「!?…美味しいね、このクッキー」
さっきよりも表情が明るくなった気がした。
やっぱりこういう時はやっぱり甘いお菓子が一番だよね、と思いつつお菓子の力に感服した
「でしょう?お母さんが作ったんだ」
「そうなんだ………あの、」
「ん?」
「…、ありがとう」
「ううん。いいよ、大したことでもないし私のおかげでもないしね」
「お菓子じゃなくて…まぁ、いいけど」
楓花がふぅ、と小さなため息を付いた。そしてそのいつもと少し違う顔をこちらに向けて口を開いた
「もう大丈夫。……優奈は今日夢を見た?」
「見たよ」
リスのようにもぐもぐとは頬を膨らませておいしそうにクッキーを食べながら、優奈は口を開いた。
「私も見たんだ…でもいつもと全然違った。」
「・・・」
「先生じゃなかったってことだけ覚えてる。それ以外の記憶がないんだ…」
「私もだよ」
「優奈も?」
「うん。私も覚えてるのは美少年がいたこと…ぐらいなんだよね」
「巫山戯てる?」
あまりに真面目な顔で言われたので驚いた。
まぁあの世界で美少年と会いました、なんてふざけてるとしか思われないのはわかってるけどね…?
「巫山戯てないよ、大真面目」
「そっかぁ…」
信じられてないなぁと思ったが一旦そこは見なかったふりをしておくことにした。
「えーと、優奈はあの物語読み終わったんだよね?」
「そうだね」
「私はあれは物語じゃなくて、実際におこったものなんじゃないかなって思ってる」
「え、あんなの現実では起こらない…とは言い切れないなぁ」
優奈自身が非現実的なところに身を置いている現状、あの程度のものならば現実で余裕で起こり得そうだと思ってしまったのだ。
「多分あの主人公目線が先生なんじゃないかって」
「なんか、それだったら納得できるね…先生があんな先生らしくない言動してる理由が」
「でしょ?」
得意げに鼻を鳴らす楓花。
来未さんが消えたのが嘘みたいに明るいし、笑ってるし、思わず本当に来未さんが消えて哀しかったのかと疑ってしまった。
事実から目をそらしたり、思い込んだりすると、人は簡単に気持ちを切り替えれるのかもなっと適当に仮説を立ててその疑いをもみ消した。
最近人を疑ったり素直に信じたりと緩急が激しいなぁ私、と反省しつつ楓花の話に耳を傾けた。
「まぁ…これはほかの人には言わないつもりだけど。」
「え、なんで?」
れいかさんが言うならまだ納得できた話だが、楓花がそんなことを言い出したから驚いた。
れいかさんは結果に早くたどり着くためには手段を問わない、そういうタイプのイメージがあるのに対し、楓花はいつも、身体的、精神的ダメージを最小限に抑えることを優先するタイプだと思われていた。
精神的ダメージを最小限に抑えるということは、安全な方法を選ばざるを得なくなり、結果を早く出すためのリスクのある方法は選べなくなるということだ。
二人の考えはここで大きく違い、楓花さんの方が支持されやすそうだが、それでもれいかさんが支持されているのは彼女が努力家だからだ。
そして、今この状況で些細な情報だったとしても、出さないという選択肢をとることは危険な策を選ばざる得ない、そんな状況になりやすくするということだ。
「だって、どうせみんな気付くだろうし…それに、先生へ憧れている人が数名いる以上これは言わない方がいいなって。夢を壊すような人間にはなりたくないからね」
実に身勝手な言い分だと思ったが、つい先ほどまでの自分の行動を振り返ってみるとそうも言えなくなることに気づき赤面しそうになった。
「そっか…じゃあ仕方ないか。」
「さて…ゆっくりしたことだしそろそろ皆生き返ってるんじゃないかなぁ」
「え?」
「グループチャット。あ、ボイス始まってる」
「え、あ、そんなに時間たってた!?」
「かなーり経ってるね」
「嘘…」
「ま、とりあえず入ろっか」
「そうだね!」
ごちゃごちゃとした感情も思考も、いったん知らないふりして頭の中に隠しておくことにした。
その方が幾分か楽になれると思ったから
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