91. 新しいメンバー
建築が始まって、現場を見に行ったり、慰労会を開いたり、キャンプに行ったり、お互いの故郷に挨拶に行ったりと、遊び歩いているばかりではなかった。
仕事を始動させるために、俺たちも本格的に動き始めた。
まずエッチは新しいバンドを結成するためにメンバーを集め出した。
知り合いに声を掛けたり、あちこちのライブハウスにメンバー募集の告知を張り出したり。
自分のライブハウスのオープニングアクトを飾るために、立ち上げるインディーズレーベルの第一号アーティストとするために、そしてなにより焦らずじっくりと音楽を続け行くために、新しいバンドはこれからの要になるはず。
エッチもすでに30歳だ。
プロになるには遅く、趣味だけにするには早く、いわゆるセミプロという立ち位置になるのだろう。
音楽の夢を諦めきれずにいる、似たような思いの人が絶対いるはずだ。
実力も経験もありながら、上手くきっかけが掴めずに年月だけ経ってしまったような。
そういう人と一緒にやって行きたい。
楽しいだけじゃなく、ちゃんと観客に音楽を届けられる、音楽への情熱と一途なハートを忘れていない、そんなメンバーと自分たちの音楽を作って行きたい。
連絡があった人と話をして、セッションしてみても、なかなか音楽性や相性や気心の合う人が見つからない。
ギターばかりが何人も集まってもしょうがないし、テクニック自慢もうんざりするし、どこか卑屈だったりいじけていては長くやって行けそうもない。
なによりエッチを気に入ってくれなくてはバンドを組む意味もない。
中には、かつての『エッチ&ファッカーズ』を知っている人もいた。当然エッチがAV女優だったことも知っていて、そいつは下心を隠すことさえなかった。即行でお断りだった。俺が。
「こんなに見つからないとは思ってもいなかったなあ。もっと早くから募集しとけばよかった」
「焦らずじっくりやるんだろ? そう簡単に信頼できるメンバーが見つかるはずないよ」
「まあそうなんだけどさ。早くバンド活動したくてうずうずしいてるの」
そういうエッチは、曲作りも再開した。
エッチノートに書き留めた言葉やフレーズを見返したり、ハワイの風景を思い返したり、バイクやコペンで走る喜びを綴ったり、いろんな人との出会いや別れに思いを馳せたりしながら、曲の断片が出来つつあった。
どれもバラバラなままで、まだひとつの曲にはまとまっていないけれど、なにか今までと違う手応えを感じているみたいだった。
「バンドで実際に音を出しながら作れば、もっとガーッとできるんだけどなあ」と言っていた。
バンドメンバー集めと同時に、これはというバンドを見つ出すためにも、一人でまたライブハウスに通い出していた。
まだ箱が出来ていないので出演交渉は出来ないけど、目星をつけておいてオープンしたらすぐに出てもらおうという参段だ。
そんな中に、若いコに混じって一人だけ年上の女性ドラマーがいるバンドがあった。腕前も飛び抜けていた。
ステージ後にカウンターでビールを飲んでいたそのドラマーに声を掛けてみる。
「すっごくよかった、あなたのドラム」
「どうもありがとう」
「でもはっきり言って、他のコたちはそれほどでもなかったね」
「まあ、みんな楽しくやれればそれでいいんじゃない?」
「ふ〜ん、そういうバンドなんだ」
「らしいですよ。私は助っ人だからよく知らないけど」
「あ、正式なメンバーじゃないんだ」
「うん、もう一年くらいやってるけど、他のコたちは大学生だったりフリーターだったりで、あんまり話も合わないし、ずっとサポートのまんま」
「あなたは?」
「私はしがないOLさんですよ」
「へ〜、そうなんだ。バンド歴ってどのくらいなの?」
「いえ、バンドはこれが初めて」
「え、そうなの? あんなに上手いのに?」
「ほとんど一人で練習してばっかりだったから」
「そうなんだ。実はね、私もバンド組みたいと思ってて、もしよかったら一度合わせてみない?」
「まあ、いいけど。あなた楽器は? 他にどんなメンバーがいるの?」
「今はまだ誰も。私はギターとボーカルやってた。曲も作ったりしてる」
「へ〜、どんな音楽やるの?」
「う〜ん、知ってるかな。80年代、90年代の日本のポップロック。あのあたりがいちばん好き」
「っていうと、レベッカとかZARDとかSHOW-YAとか?」
「あ、けっこう知ってるね。私がいちばん好きなのは佐野元春で、あと大瀧詠一とかツイストとか尾崎豊とかBOOWYとか」
「いいですよね、私もあのあたり好きですよ。アイドル歌謡曲とかも」
「うんうん、聖子、明菜、百恵ちゃんや南佐織なんかもいいよね〜」
「南佐織は知らないなあ」
「70年代だからね」
「へ〜、そうなんだ。古いといえば、西田佐知子や奥村チヨや中村晃子なんかも好き」
「うわ〜、かなりマニアック!」
そんな話で盛り上がって、そのままカラオケに行って懐メロ大会になった。
彼女の名前は井原富海で、年齢は27歳だった。
新宿の小さな商事会社で経理事務をしていて、ドラムは中学のブラスバンドで始めた。今は仕事のストレス発散のために毎晩電子ドラムを叩いている。バンドは組んだことがないけど、人前で演奏する機会はバンドの助っ人でしかなく、生ドラムを思いっきり叩けるのも魅力だから、なかなか辞める踏ん切りもつかない。もし誘ってくれるなら、ちょっと考えてみたい。
そんなことを聞いた。
カラオケで歌も結構上手いことが分かった。
「歌もけっこうイケるじゃない」
「でも、こんな声だし。マイクのノリも悪いし。けっこうコンプレックスだから普段はあんまりしゃべんないようにしてる」
「え〜もったいない。味があって、私は好きだけどな、その歌声」
「こんなに歌ったの始めて。一人カラオケ行っても、なんか虚しくなっちゃうし」
「ハモれる? この曲一緒に歌ってみようよ」
ZONEの『secret base 君がくれたもの』をデュエットしてみた。
エッチの細いけど高くて伸びのある声と、富海の低くてハスキーな声。お互いを補完し合うように、しっくりと重なった。
「なんか、良くない?」
「うん、すごく気持ちよかった」
「これならハモるよりユニゾンでツインボーカルいけそうじゃない?」
そしていろんな曲を二人で歌いまくった。どんどん息が合ってきて、これだけでバンド活動が出来そうなくらいだ。
「ねえ、一緒にバンドやろうよ。実は私、来年ライブハウスを始めるの。だから演奏する場所には困らないよ」
「えっ!? ライブハウスって、自分でやるの?」
「うん。立川の方なんだけど、今度見に来てよ。まだ建築中だけどね」
エッチが名刺を渡す。
「え、社長さんなの?」
「ま、一応。彼氏がスポンサーなんだけどね。バンドやるやらないは置いといて、彼にも一度会ってよ。これからは友達として仲良くしたいし」
「は、はい」
「なに、固くなって。元々は淡路の不良バンド娘だし、30歳になった今もたいして変わってないから」
「えっ、30なんですか? てっきり同い年くらいかと……」
「あはは、ありがと。ついでに言っちゃうと、元AV女優」
「はあ、なるほど。どうりできれいだと思った」
「え、引いちゃわない?」
「う〜ん、自分には出来ないから……だから逆に羨ましいって気持ちもあるし。顔やスタイルや、いろいろと自信がないとできないだろうし、尊敬しちゃいます」
「そんなことないけど。ま、嫌われなくて良かった」
「いえ、私の周りにはいないタイプの女性なので、なんか友達って言ってもらえて嬉しいです」
「そんな敬語になっちゃって。さっきみたいに気さくにしゃべってよ。名前もエッチって呼んで」
「エッチ? AVやってたから?」
「ううん、中学の時からのあだ名。ま、名は体を表わすっていうか」
「あ、悦ちゃんがエッチちゃんになって、そこからエッチに、とか?」
「そうそう」
「じゃ、私もトミで」
「トミちゃんか〜。トミーって方が愛称っぽくて呼びやすいな」
「はい、じゃあそれでお願いします。バンド、私も一緒にやりたいです、エッチさんと」
「さん付けもなし、年の差もなし。じゃ、バンド結成ってことでOK?」
「はいオーケーです。でも、他のメンバーも必要ですよね?」
「うん、応募に来てくれた人に何人か会ったけど、なかなか合う人がいなくてさ」
「最低、ベースがいれば」
「だね。トミーはドラムの他になにか出来る?」
「昔、ピアノは習ってました。今もキーボードで時々曲を作ったり」
「なんだ、曲も作るの? もう願ったり叶ったりだなあ。次いつ合わせようか。その時にトミーの曲も聞かせて」
「ちゃんとできてるのって五、六曲しかないですけど」
「充分充分。よし、これからは曲作りにも励んでよね。もう自分の好み満載でいいからさ」
「最近シティポップっていうのが好きになって、ああいうちょっとおしゃれな感じの曲調がやりたいなって思ってて」
「なんだもう〜。私が思い描いてたのとピッタリじゃない。私はちょいロック系で行くから、トミーはメロディアス路線とかどう?」
「うん、そういうのやりたい。ちょっとジャズとかボサノバ調のアレンジにしたり、エスニック風とか」
「うんうん。で、トミーはプロ志向はあるの?」
「いえ、そこまでの才能はないですから。でもエッチがそうなら私もついて行きますよ」
「ううん、私はもうプロになる夢は捨てたから。だからと言っちゃなんだけど、インディーズレーベルを立ち上げて、そこでセミプロ的な活動も出来たらいいなって考え」
「は〜、なるほど。すごいですね、全部自分で始めちゃうなんて」
「自分だけの力じゃないから。たまたまラッキーでそういうチャンスに恵まれただけ。それを軌道に乗せて続けて行くことが、これからの私の課題であり仕事なんだ」
「その夢、私も見させてもらっていいですか?」
「もちろん。トミーの力もぜひ貸して」
「はい。じゃ今の仕事辞めちゃいます」
「え、待って待って。辞めなくても出来る範囲でいいから」
「いえ、もうずっと辞めたかったんです。しばらくは貯金もあるし困らないから迷惑はかけません。辞めてもなにしていいか分かんなくて、ずるずる仕事してただけで、ちょうどいいきっかけなんです」
「う〜ん、まあそれはトミーの判断次第だけど、もうちょっとゆっくり考えてみて」
「はい」
そうは言ったけど、三日後に辞表を出したと連絡があった。引き継ぎであと一ヶ月は会社に通わなくちゃいけないけど、残業もしないし有給もあるし、時間はわりと好きにできるそうだ。
次の週末に、工事現場を見に来て規模の大きさに驚き、立川の貸しスタジオで音合わせのセッションをしてお互いの曲を聞かせ合い、その後、俺も合流して飲みに行って夜遅くまで語り合った。
そしてライブハウスの立ち上げスタッフとして、俺たちに協力してもらうことも決まった。
もちろんちゃんと給料を払って雇う形になる。
それまでの間は、他のメンバー探しとバンド練習と曲作り。それと音響機材の選定もさっそく仕事として協力してもらう。
俺から見ても、トミーは信頼できそうな人間だった。
言葉少なで少し陰気な陰があるけれど、それは真摯さと思慮深さの表われだと感じた。
やっぱりエッチは人を見る目というか、いい人とめぐり逢う運があるように思える。




