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9. 完璧な夏


 学校を出ると、前に海岸へ向かう女子たちの集団が見えた。

 俺は左へ向かい、リュックを揺らしながら住宅街の道を走る。

 地鉄(富山地方鉄道)の踏切を渡り、県道港線を右に少し行けば、うちの工場だ。

 

 俺の家は、カニの加工工場をやっている。

 富山湾で獲れたズワイガニを茹でて冷凍して全国各地に出荷したり、地元の料理屋に卸したりというのが主な仕事。

 爺ちゃんの弟妹、その息子娘の家族一同で「野木水産」をやっている。

 その前は漁師だったらしい。ひい爺ちゃんが船で巻上げワイヤーに挟まれて片足を失くしてから、この商売に切り替えたという話だ。

 加工工場を囲むように、爺ちゃんたち叔父さんたち各家族の家が建っている。そのうちのひとつが俺の家だ。

 家が別々でも、まあいっしょくたに暮らしているようなもんで、その中で今のところ俺がいちばん年下だから、可愛がられてはいる。

 可愛がられてると言っても甘やかされてるわけではなく、ほとんど放置のようなもんだ。


 夏の今はカニの時期じゃないので、それぞれ別の仕事をしている。

 旅館の手伝いやら、ホテルの厨房やら、漁港組合の事務仕事やら。

 俺は、従姉妹(叔父さんの娘)の莉子りこねえ紗子さこねえの手伝いだ。

 21歳と19歳の二人は、浜の海の家で簡易カフェを開いている。

 夏休みの間は毎日そこの手伝いに通って小遣いを稼いでいた。


 自分の部屋で制服を着替える。

 今日は俺の服の中でいちばん洒落た紺のシャツと洗濯したてのオフホワイトのハーフパンツにしよう。

 なぜという理由はないけれども。


「ちっくし浜ん店行ってくるで〜!」

「はいなあ」

 家のどこからか、おかんの声が答える。

 自転車に跨がり、地鉄に沿ってびゅんびゅん北上する。

 運河を渡って右に折れれば、もう浜だ。

 

  細長く延々と続く砂浜、紺碧の海、振り返れば真っ青な空の下で立山連峰が悠々と連なって白く輝いている。

 海水浴場は九月の半ばまで開いているけど、お盆が過ぎると波も高くなり、人もまばらだ。

 ここの海はすぐに深くなるので、目の前にはテトラポットが連なっている。

 このテトラポット沿いに何往復できるかが、この辺りの小中学生のプライドになる。


 海の家は、いちばん広い砂浜の奥に建つ横に平べったい建物で、その中に軽食や飲み物やレンタル遊具などの売店と有料シャワー&更衣室が入っている。

 横に自転車を止めて中に入ると、並んだ飲食テーブルには誰もいず閑散としていた。


「う〜す」

 端っこの「カフェ・リコサコ」のカウンター越しに声を掛けると、紗子ねえが顔を出した。

「あ、ハナ、よかった助かるわ〜」

 うちでは俺はハナと呼ばれている。

「ぜんぜん暇そうじゃん。莉子ねえ、おらんの?」

「なんかアキトに呼び出されてどっか行っちゃった」

 アキトと言うのは莉子ねえの今彼だ。

「なん、また揉めちょんか」

「もういい加減別れればいいのにねえ、あんなヤツ」

 まあ、莉子ねえの八方美人がたいていの原因らしいけどね。

 莉子ねえも紗子ねえも、わりかし可愛い顔立ちで、この辺りではちょっとしたアイドル的存在ではある。性格は別にして。

「もうじきうちのクラスの連中が来ると思うよ」

「そうなの? なにかサービスしてあげようか、ハナのバイト代から」

「ちょ待ってや、十人くらい来るんやから」

「夏休みの間、けっこう稼いだでしょ」

「まあ、そうだけどさ」

 莉子ねえはあんまり富山弁を使わないので、俺もつい富山弁が薄らいでしまうのだ。

 莉子ねえは、ちょっとお金が貯まるとすぐに新幹線で東京に行き、服やらなんやら買い込んでくる。

 今のところ、恋愛よりおしゃれ命といった感じだ。

 今日も、この辺では売ってないような外国のリゾート的なサマードレスを着ている。

 これでもう少し背が高くてほっそりしてたら似合ってるんだろうけど。


 冷蔵庫の中身を確認したり、飲食テーブルを拭いて回ったりしているうちに、外にクラスの連中がやってくるのが見えた。

 学校からここまで、だらだら歩いて四十分くらい。

 午後三時半になる頃で、海は濃紺にきらめき、空はどこまでも青く、入道雲は高く大きく湧き立ち、砂は熱く焼けて、潮風はつんと甘辛く、波音は遠く近くざわめいている。


 いつもと同じ風景。いつもと同じ夏。そしてなんだか完璧な夏だった。


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