8. 彼女は芸術作品
帰り際、ビッシーに肩を組まれ「なあ一目惚れか? ん?」とニヤつかれた。
一目惚れ?
ああ、そう言われればそうだな、と妙に腑に落ちた。
「ええで〜、わし応援すんぞ!」
「あ、ちゃうちゃう、そういうのいらんから」
惚れたといっても、そういう恋愛的な惚れた腫れたとは何か違う気がする。
親しくなりたいとか、振り向いて欲しいとか、好きになってもらいたいとか、付き合いたいとか、そんな感情はまったくないんだ。
ただ眺めていたい。それで充分。
しいて言うなら、そう、芸術鑑賞のような、そんな感覚。
彼女を絵画とするなら、その構図、その情景、その色合い、その光彩、その筆遣い、すべてが心を震わせる。
そんな瞬間が、生きて、動いて、次々と新しい絵を生み出す。
まさに奇跡じゃないか。
そして、その作者は彼女自身なのだ。
もうただ感謝しかない。
この世界にいてくれてありがとう。
この時代に生まれて、この土地に来てくれて、このクラスに現われてくれて、ほんとうにありがとう。
気の遠くなるような確率の、この巡り合わせにありがとう。
だからこのままで充分。
もしヘタに近寄ったり話しかけたり触れたりしたら、幻のように消えてしまいそうで、かえって怖い。
この柵から入らないでください。
手を触れないでください。
そんな注意書きが必要だろう。
まあ百歩譲って女子はいいとしても、おいそこのへろり、なにいつもと変わらずへろへろと話しかけてんだよ、この世に二つとない生ける世界遺産だと知ってのことか!? こないだ奢った50円アイス返せよな!
あ、よーすく、お前もメガネを上げ下げしながら、教科書が違うと大変でしょうとか、何を標準語で親切ぶって気取ってんだ!? 次のジャンプ貸さねえぞ!
くっ、エンタに、まさかねまで遠くの席からやってきてんじゃねえよ!
ほら彼女がちょっとづつ後ずさってるじゃねえか!
取り囲むな! 柵からはみ出すな! 遠くから眺めるだけにしろ!
「ユッキー、帰りに浜に寄ってかん?」
男どもを掻き分けてレミン登場。後ろには、テルミン、ハルミン、ユイミンのいつものトリオが控えてる。
「外はまだあちいから海風に当たると気持ちええよ」
初日からいきなり寄り道に誘われて彼女が戸惑っている。
そこにミパも乗っかった。
「ええな! あそこん売店の梨ソフト美味しいんだお。ユッキーは呉羽梨もう食べた?」
「ううん」
「じゃあ、はよ食べんと! 今は幸水が旬やからね!」
「うちはスイカソフトにしようかな。入善もそろそろおしまいやしね」
前の席のハッチも参戦してきた。
「入善って?」
「入善ジャンボすいかって知らん? ここの名産やよ。えらかですごく甘いの!」
「んじゃ、みんなで行こか。みんなでちゃうの買って味見しような」
どんどん参加者が増えてきて、何が美味しいとかわいわい言いながら教室を出ていった。
後には男たちだけが取り残されていた。
こういう時はビッシーの一声だ。
「じゃあわしらも行こか。行きたいヤツは続け!」
「俺はいっとん家に戻ってから行くで」
「おう。はよせないかっとユッキー帰っちょうかも知れんぞ?」
「せやから、そうゆうんじゃないって」
いや、また彼女が見られるなら嬉しいに決まってるけど。
即行、どえら急いで行くけども。