79. 幸先よく
翌日の午後に綿貫さんから連絡が来た。
予想通り、相手も乗り気だそうだ。
先方も会って話をしたいとのことで、綿貫さんの会社で話し合いを持つことになった。
この話がまとまるなら、それに越したことはない。
昨日見に行って、俺たちも福生よりも西立川の物件の方に触手が伸びたというのが正直なところ。
なによりエッチがこちらの方を気に入ってしまった。
「福生もいいんだけど、あのあたりって小さなカフェがあちこちにあったでしょ? まあカフェはライブハウスのおまけみたいなものだけど、やっぱりやるからには流行らせたいじゃない。あといちばんのネックは交通の便かな。ライブハウスに出演する人って、楽器や機材をいっぱい持ってくるのね。私も免許なかったからギター二本とエフェクターだけで思いわ両手はふさがるわもう大変だったのよ。それを福生まで運ぶとなると、もう勘弁してくれって感じ。お客さんだってあちこちから来るから、なるべく近い方がいいと思うの」
「でも、あの町も気に入ってたじゃん。聖地だとかって」
「まあ、それはそれよ。あのへんってちょっと日本離れした雰囲気があって面白いとは思うけど、結局歩いてみたあたりだけで、一本奥に入ったら普通だしね」
「それは西立川も同じじゃない?」
「いやいや、あの土地の場所は、何もないのがいいの。駅の裏側の住宅街とはまったく隔絶されているというか……。だからなんかわくわくしない?」
「それはあるね。ライブハウスなんて日常生活とは別なものだから、あそこに忽然と現われたらきっとぴったりかも」
「そうそう、それ! 生活感がないのがいいのよね、あそこ!」
「前は公園だしね。ライブが始まるまであの公園をぶらついてから来て欲しいね」
「そうそう。あ、それと公園の中のレストランっていっても、軽食しかなかったじゃない? だからカフェでちゃんとしたおいしい料理を出せば需要はあると思うの」
「なるほど。ドリンクだけじゃなくちゃんとしたものを出すのか」
「だてに料理学校に通ってたわけんじゃないんだから」
「うん、それはいつもありがたく思ってます。でさ、あの街道沿いにも飲食店とかなかったし、ダイナーっぽい感じでガラス張りの店にしたら絶対目を惹くよね」
「ああ、それそれ。カイルワの町にそんな感じの店あったよね。ああいうの、やりたいなあ」
「いいね〜。だけどライブハウスと両立できる?」
「う〜ん、そこが問題なんだよね。出来ればカフェの方は誰かに任せたいところだけど……」
「あてはある?」
「あるといえばあるけど、どうかな〜。もっと具体的にならないと話もしようがないし」
「そりゃそうだな。まずは物件決めないと」
「ということで、第一候補は西立川でいいんじゃない? 立川なら便もいいし、街自体が魅力的だしね。で、もう一駅足を伸ばすのはそんなに苦じゃないと思うよ」
「うん。予算や条件的にムリそうだったら、第二候補の福生だな」
「ま、これ以上探しても同じような気がするしね」
「よし、そうしよう」
共同購入の相手は、カー用品の販売会社だそうだ。神奈川に何店舗か持っていて、東京でも出店したいという意向だそうだ。
綿貫さんに、先方の都合に合わせて会合の日取りを調節してもらった。
一週間後に綿貫さんの会社で会うことになった。
久しぶりにスーツの出番だ。ピシッと気合いを入れて行こう。
綿貫さんとの電話が終わるとすぐに、今度はクルマ屋から電話が入った。
お盆休みの前にと、予定より早く仕上げてくれたそうで、もうすぐ納車できるということだ。
ずっと待ち焦がれていたコペンとハイラックス。いやでもテンションが上がる。
納車日は、物件の相談と同じ日だった。
昼頃に取りに行って、そのまま大手町まで向かえばちょうどいいかも知れない。
そして夜には山代さんから「うちに新しい家族が増えました」とLINEが届いた。
写真には、まだ手の平に乗るくらいのラグドールの小猫が写っていた。
ふわふわした白っぽい毛色に、鼻の周りと耳と手足の先がこげ茶色になっていて、目はブルーだ。
絢奈ちゃんがそっと手の中に包み込んで、とろけそうな顔をしていた。
エッチもそれを見てキャーキャーと騒いでいる。
「いま新しい家を探検中。ヨチヨチと歩いて、ヨロヨロと端って、コロコロと転がってます。一瞬も目が離せません。でもすごく人懐っこくて可愛いです。名前は『マッシュ』です。マシュマロみたいだから。アンちゃんとナイちゃんにも会わせてあげたいです。今度連れてきてね」
絢奈ちゃんのそんなメッセージが添えられていた。
「マッシュちゃん、可愛い〜! すぐ会いたい! もうじき新しい車が届くので、うちの子たちを乗っけて会いに行きますね。仲良くなれるかな?」
エッチがそう返信した。
楽しいこと嬉しいことが続けざまに起きる。
なにか幸先のいい予感がする。




