69. 税金だと!?
ネットで調べて、三件ほど税理事務所を訪ねて、会社設立の諸々の手続きやアドバイス、そしてその後の会計事務の委託を打診してみた。
大きなところほど、俺たちの風貌を見て適当にあしらわれた感じだ。
バイクの革ジャンにジーンズ、そして若い男女ということで、受付の人にちょっと話をしただけで終わった。
二件目からは、いちおうスーツを着てタクシーで行ったのだけど、対応はそう変わらなかった。
三件目は小さな事務所で、所長と税理士が三人、事務員が二人というところだった。
所長は小柄でにこやかな初老の人で、最初から所長が相手をしてくれた。
「ほうほう、会社を設立するお手伝いと、今後の税理関係の顧問のご依頼ですか。なるほどなるほど。ふたつ会社をつくるわけですな? 野木さんの映像制作の会社と、尾野さんはライフハウスを開業したいと。実は私も若い頃ちょっと音楽をやっておりましてね、まあ下手の横好きという手合いなんですが、いちおう市民オーケストラでチェロを弾いていたこともあるんですよ。もう長いこと弾いてはおりませんけどね。そういう方のお仕事なら、私もぜひお手伝いさせていただきたいですな。え、ああ、クラシックではなくロックですか。これは失礼。そちらの方面は、私ちょっと疎いもので。しかしながら、お二人ともお若いのに、実にご立派ですな」
雑談交じりに、親身になって話を聞いてくれる。
「ほほう、ビルを買って、そこでお二人の会社を運営すると。それはまた、なかなかに大きな計画ですな。そうなると資金の方も億単位になるかと思いますが、そのへんは借入れ先のあてはあるんでしょうか? え、自己資金で? ふむふむ、そうですか。まあ詳しい話は実際に顧問契約を結んでいただいた後となりますが、うちとしてもできる限りの応援をさせていただこうと思っております。実務にあたっては、私ではなく他のものを担当させますが、ええと、少々お待ちいただけますかな」
そして中年の女性を連れて応接室に戻ってきた。
「こちらが山代と言いまして、うちのエースなんですよ」
「山代かおりと申します。どうぞよろしくお願いします」と名刺を差し出す。
赤いメタルフレームのメガネを掛けた背の高い女性だった。女性の税理士なんていうと、気の強いどこかギスギスしたイメージだったけど、この人はそういう気配はしない。
「あ、僕は名刺持ってないんですみません。野木発と言います」
「私は尾野悦子です。どうぞよろしく」
「こちらのお二人は、それぞれ自分の会社を立てて起業したいそうなんだよ。野木さんは映像制作の会社で、尾野さんはライブハウスの経営ということです。山代君も確かギターをやっていたんだよね?」
「いえギターではなくドラムなんですけどね。もうずいぶん昔になりますけど、学生の頃、女の子ばかりのバンドをやってたんです」
「へ〜、ドラムスですか! どんな音楽をやってたんですか?」
「ヘビメタってご存知ですか?」
「もちろん! 私も好きですよ。メタリカとかガンロゼとかドラゴンフォースとか、日本だとベビーメタルとかラブバイツ、あんきもなんかも好きですよ」
「そのへんは聞くだけで、私がやってたのは、KISSとかX JAPANのコピーバンドでした」
「ああ、そうですか、そのへんもいいですよね! でもあれを女の子がボーカルで?」
「そうなんです。すごい声の子がいて、その子で保ってたようなもんですけど。横浜だったんですけどライブハウスでもやってましたよ。尾野さんは、どういう音楽が?」
「私は80年から90年の日本のポップロックが好きで、あのへんのテイストの音楽をやってました」
「80年から90年っていうと、え〜と、サザンとかツイストとかですか?」
「そうですそうです。あと佐野元春とか浜田省吾とかボウイとか」
「わー! 私も大好きです。佐野元春、いいですよね!」
「すごい! わかってくれる人がいた! ねえ、ここに、っていうか山代さんにお願いしない?」
「まあ、今の話の流れだとそう言うと思ったよ。うん、いいんじゃない? 他のところより全然対応いいしね」
「うん、そうしよう! 山代さん、ぜひ私たちの夢に協力して下さい!」
「所長、よろしいでしょうか?」
「うん、君のスケジュールさえ合えば」
「それはなんとかします」
「じゃあ、そういうことでよろしいですかな?」
「ええ、ぜひよろしくお願いします。俺たちこんななんで、何にも知らないですけど、ご協力下さい」
「ふむふむ、こちらこそ、なにとぞひとつ、よろしくお願い致します。では今後は山代と忌憚なく話をして、良い関係を長く続けられますよう願っております。じゃ山代君、あとは任せていいかな?」
「はい、お任せ下さい。野木様、尾野様、今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、こちらこそ」
「様づけじゃなくていいですから。私のことはエッチって呼んで下さい」
「エッチ、ですか?」
「あ、悦ちゃんがエッチになって、ずっとそう呼ばれてるんです」
「エッチさん……なんかこう、呼びにくいというか……」
「う〜ん、そうか〜」
「ま、そのへんはおいおいと。私は、ひとまずこのへんで失礼させてもらってもよろしいですかな?」と所長は応接室を出て行った。
「いや〜、いいところを見つけられてよかったです。他の税理士事務所も行ってみたんですけど、どこもけんもほろろで」
「そうなんですよ、見た目で判断されちゃったのかな」
「そうなんですか。こう言ってはなんですけど、うちの所長がああいう人なので、スタッフもみんな気のいいひとばかりなんです。そのせいか、お得意様にはずっと長くご贔屓いただいているんですよ。お二人にもぜひ長いおつき合いをさせていただければと思います。ぜひ事業を成功させましょう」
「こちらこそ、若輩者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「さっそくなんですが、まず顧問契約をしていただきたいのですけど、いつごろがよろしいでしょう?」
「俺たちはいつでも」
「そうですか、では明後日の二時はいかがでしょう?」
「はい、それで結構です」
「では、その際に印鑑と身分証明書をお持ちいただけますでしょうか?」
「わかりました」
「まずは個人で契約して、会社の登記が済んだら改めて法人契約に切り替えるということにしましょう。契約内容は、ひとまず会社登記までの事務関係の代行で、その後はまた話し合いの上でということで」
「はい」
「あの、そんなに丁寧にしゃべらなくてもいいですから、もっと気軽に行きません?」
「そうですね。でも、契約や仕事に関することはお互い誤解の内容になるべく丁寧に行いたいと思います。雑談とかは気軽におしゃべりしましょう」
「はい、それならそういう感じで。う〜ん、なんか、さすがプロって感じだよね」
「そうだね、すごく信頼出来そうでよかったよ」
「うんうん」
「じゃあ、今日のところはこのへんで。お忙しいところ、ありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ、うちに来ていただいてありがとうございました。ではまた明後日の二時にお待ちしております」
約束の日時に再度、倉田税理事務所を訪ねた。
所長と山代さんが揃って出迎えてくれて、応接室で契約を交わすことになった。
その前にエッチが「先にひとつ言っておきたいことがある」と話し出す。
「一色まこという名前、耳にしたことあります?」
「いいえ」
「実は私、そういう名前でAVに出ていたんです」
「AVというと、アダルトビデオのことでしょうか?」
「ええ、そうです。二十歳から二十二歳までグラビアアイドルとしてビデオに出ていて、そのあと二十五までアダルトビデオの女優をやってたんです。なので、こういう契約ができるのかどうかちょっと心配で……」
「今は、何をなさっらっしゃるんですか?」
「今は無職で、何もしてません」
「そうですか。でも、ご心配には及びませんよ。きちんと契約内容を守っていただきさえすれば大丈夫ですので」
「あ〜よかった〜。あとでわかってごたごたするのはまずいと思って。そういう経歴があると、部屋を借りるのでもお店をやるのでも、いろいろと難しいって聞いてたから。こちらにもハナにも迷惑かけちゃうし」
「AV女優さんって、確か個人事業主ですよね。きちんと申告して税金を払っていれば、何の問題もないはずなんですけど」
「いえ、やっぱり偏見っていうか信用されないというか……」
「人によっては、そうなのかも知れませんねえ」
「山代さんはイヤじゃないですか? こういう私」
「いえ、まったく。逆に、すごく可愛らしい方だなって思ってて、そのお話を聞いて、なるほどと納得しましたよ」
「そうですか、よかった! ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、包み隠さずおっしゃっていただけけて嬉しいですよ。そうすると、事業資金はそのお仕事で得られたお金ですか」
「いえ、それはまた違うんです」
「と言いますと? あ、別におっしゃらなくても結構なんですが」
「あ、それは俺から。実は、俺がイギリスのブックメーカーというギャンブルのサイトでまぐれで当たった金が資金なんです」
「なるほど、そうなんですか。ちなみに、それはもう申告していますか?」
「え、申告って?」
「ええと、確かギャンブルや宝くじであっても海外で得たお金は一時所得として申告して納税対象になるんですよ」
「え、ほんとに? 宝くじは非課税って思ってたけど」
「ええ、日本の宝くじの当選金には所得税は発生しません。でも海外のだと課税対象になるんですよ」
「し、知らなかった……ええと、いくらぐらい取られるんでしょう?」
「その当選金は、おいくらでしたか?」
「12億4000万とちょっとです。ビットコインだったので日本円の換算レートはすぐ変わっちゃいますけど」
「もう日本円にしたんでしょうか?」
「あと50ビットコインはそのまま残してありますけど、10億4000万は日本の銀行口座に分散してます」
「そうですか。ちょっと詳しく調べてきますので、お待ちいただけますか?」
「はい、よろしくお願いします」
山代さんが応接室を出て行って二人きりになり、俺は頭を抱えた。
「……税金がかかるのか」
「私もそんなこと思いもしなかった。いったい、いくらくらいになるんだろうね」
「さあ、10%としても一億円以上だよな」
「そ、そんなに!? ぼったくりじゃないの!」
「でもまあ、濡れ手に粟の不労所得だし、しょうがないのかなあ」
「う〜ん、そこでシカトしてあとで追徴金とかでごっそり持ってかれる方が怖いもんね」
「だよな〜」
そんな話をしていると、山代さんが戻ってきた。
「お待たせしました。今調べましたら、やはり一時所得として申告しないとならないようです」
「どのくらいになります?」
「税率は45%ですね」
「よ、45%!? 半分近くってこと?」
「12億4000万円として計算すると、まず経費としてビットコインの換金手数料と特別控除50万円を引いた額の二分の一が一時所得額になります。換金手数料は今はわからないのでそれは除外して12億3950万円、その半分が6億1975万円。それに税率45%を掛けると2億7984万7400円ですね」
「に、2億8000万が税金で消えちゃうの?」
「すると残りは、ええと……」
「9億6015万2600円ですね。他に今年の収入や経費を算出した合計額で来年度の税額が決まります。また、所得税の他にも住民税が10%になりますので、そちらの分も確保しておかないと大変になるかと思います。単純計算すると約6200万円ですね。合わせて3億4184万7400円が支払い税額。それを除外した残り8億9815万2600円が自由裁量額となります」
「9億弱か……」
「どうしましょうか?」
「確定申告、しなきゃダメですよね」
「そうなりますねえ」
「あの……俺、今まで自分で青色申告してたんですけど、これがかなり大変で、できればそれもやってもらいたいなと思って」
「そうですか。ええ、いいですよ。今年度分の税務代行もしますよ」
「なら、よろしくお願いします。この賞金の申告も含めて」
「はい。では、なるべく早く経費の領収書や収入が分かる通帳などをお持ち下さい。あ、そうだ、そのブックメーカーのところから支払い証明書みたいなものは入手出来るでしょうか?」
「ああ、そういえばそんなメールが来てたな。メールでもいいですか?」
「大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ、すぐにそのへんの書類を持ってきますので、よろしくお願いします」
「はい。では、その代行も含めた契約にしますね。ちょっと契約書を書き換えてきますので、また少々お待ち下さい」
「すみません、よろしくお願いします」
そう言って山代さんがまた出て行った。
エッチは放心したようにぼうっと宙を見つめていた。
「残り、9億弱だってさ」
「8億9815万円。3億以上税金だって。どうする?」
「どうするもこうするも、払うしかないだろ。あ、バイク買ったのやハワイの金もあるから、え〜と、800万くらい使ってるんで、残りは8億9000万か」
「すでに使った項目や金額なども一緒にお知らせ下さい」
「はい」
「……ハワイ、中止にする?」
「もう支払ったんじゃないの?」
「宿代は払ったけど、今ならキャンセルしたら大部分返ってくるし、むこうで使うお金も要らなくなるし」
「200万くらいだっけ? そのくらい大丈夫だろ。せっかく楽しみにしてるんだしさ」
「そうだけど、やっぱり節約するとこは節約しないと」
「ビル買うのを5億くらいにしとけば大丈夫なんじゃない? それでも4億くらいは残るから、改装や設備には充分だろ」
「まあねえ。でも、ムダにしないようによ〜く考えて使わないと」
「だな〜。なんかガックリ力が抜けちゃったよ」
「うん、ちょっと夢見過ぎたのかも……」
それから山代さんと契約内容を確認して、税理顧問契約を結んだ。
確定申告はさておき、会社設立にあたっての段取りや手続きを聞き、社名、定款、役員などを早急に決め、社判、銀行口座と銀行印、名刺などを作るように言われた。
印鑑や名刺の作成は、提携関係にあるところを紹介してくれた。
帰り道、牛丼屋で晩飯を済ませて部屋に戻ると、ぐったりして早めに寝てしまった。




