45. 東京へ
なんなんだこれは?
なんなんだこれは!
なんなんだこれは!?
言いようのない怒りが体中に渦巻いて、ギリギリと心を捩じ切る。
冗談じゃない。
もう彼女がどこにもいないなんて、信じてたまるか。
そんな理不尽なことがあってたまるか。
この空の向うで、相変わらずきれいな佇まいで生きているはずだろう?
あの山の向うで、変わらぬふんわりとした笑顔で微笑んでいるはずだろう?
嘘だと、誰か嘘だと言ってくれ。
三日間、ただベッドの上で嗚咽していると、涙も涸れてきた。
何度も何度も、ノートの一ページに書かれた手紙を読み返した。
正直、嬉しかった。
彼女が俺のことをそんなふうに思っていたなんて。
嬉しくて、悲しくて、やりきれなくて、むかついて、寂しくて、虚しくて。
一瞬ごとにそんな気持ちがとりとめもなく入れ替わっては、俺をバラバラにする。
叫んで走り出したいのに、走ることさえ出来ない自分がいっそう惨めになる。
情けない。
ただここで悶々としているしかない自分が、とことん情けない。
今の俺は、彼女の思い出の中のパッツじゃない。
こんな俺に誰がした?
言うまでもない、俺自身だ。
こんな自分でいいわけがない。
パッツはいつまでもパッツのままで――そう言ってくれた彼女に顔向けができないじゃないか。
彼女の中の俺に恥じないような俺にならなくちゃ。
俺は、俺を取り戻さなければ。
窓から見える空にそう決意した。
空の向うの彼女に誓うように。
それからは、休むことなくリハビリに励んだ。
むちゃしすぎだと言われても止めなかった。
抗う術もなく死んでしまった彼女に比べたら、骨が一本折れたくらいで泣き言なんか言えない。
頑張れば元通りになるのに、やらない理由がない。
やればやるだけ筋肉がついてくる。
松葉杖も必要なくなった。
ジョギングくらいは出来るようになってきた。
泳ぐことも出来るようになってきた。
前とはちょっと感覚が違って、知らないうちに左に逸れてしまうし、水に乗るような泳ぎは出来ないけれど。
それでも体は引き締まって来ている。
そして三ヶ月もしたら、ほぼ事故前の体に戻っていた。
またしても彼女に救われたようなものだった。
思えば、何かある度に、俺は彼女に救われていたんだなとつくづくそう思う。
悲しいけど、寂しいけど、もう涙は流さない。
ただ感謝するだけだ。
彼女がいてくれたことに、ただありがとうと。
そう言えば、みんな彼女が亡くなったことを知ってるんだろうか?
もし誰か知ってるのなら、LINEグループに何か知らせがあるはずだけど、何もないということは知らないままなのか?
それとも知っていても敢えて広めないようにしているのか?
俺も、そうしよう。
みんなの思い出に悲しい色を加えるのは止めておこう。
体が元通りになったのを機に、俺は東京に行くことに決めた。
この町は優し過ぎるから。
家族や先輩や友達や、頼りになる人がいっぱいいて、つい甘えてしまうから。
どこか知らない場所で、新しい何かに挑戦してみたい。
何もない自分を見つめ直して、体だけじゃなく心も鍛え直したい。
理由は、そんなところだ。
彼女が言ってくれた「静かに人の心に降り積もるような人」になるために。
彼女に恥じることのない素敵な大人になるために。
心の奥で、もう一度そう誓って。




