21. 接近遭遇
学校に行っても楽しくない。
楽しくないどころか、辛く苦しいだけだ。
オタフォーたちと話していても、どこか上の空で盛り上がらない。
途中で席を立って廊下でぼんやりする。
知らないうちに目は彼女を探している。
でもどこにも見えない。
チャイムが鳴って授業が始まっても、目は教科書の文字を上滑りするばかり。
なにも集中できない。
なにも考えられない。
なにも身に付かない。
教室に座っていることが苦行のようだ。
かといって行く当てなどない。
オタフォーは自然にバラけていった。
ケイゴとコーシローは二人でつるんでいる。
もともとクラス上位の成績だったコーシローと一緒に勉強してるのか、ケイゴの順位が少しずつ上がっていた。
俺は逆にどんどん落ちて、今では下から二番目だ。
チアとアーヤは他の女の子とグループを作り、楽しそうにしている。
二人とも成績は中の上だ。
たまにコーシローのところへ行って勉強を教えてもらったりもしている。
ときどき俺の方を見て、ちょっと困った顔をしていた。
俺はすっかり落ちこぼれて、廊下の隅でぼんやりと外を眺めているだけ。
そんなある日の帰り、駅までの並木道で彼女を見つけた。
ずっと前を歩いていた。
付かず離れず、俺もそのまま駅に向かう。
短い階段をホームに上がると、彼女は俯いて本を読んでいた。
俺は、気付かぬふりでその後ろを通ってホームの端へ向かう。
その時、彼女がふと顔を上げた。
「あ、パッツだ。久しぶりだね」
「う、うん、久しぶり」
「おんなじ学校なのに、めったに会わないね」
「そうだね」
「あれ、なんか元気ない? どうかした?」
「い、いや、なんでも……」
「勉強疲れ? 大変だよね、毎日」
「う、うん」
久しぶりに間近で見る彼女は、とてもきれいになっていた。
以前は「可愛らしい」と言うのがぴったりだったけど、今は「きれい」と言うほかない。
静かな微笑みも、やわらかく透き通った声も、ほっそりした顎も、瑞々しいくちびるも、アーモンド型の瞳も、艶やかな髪も、真っ直ぐな姿勢も、ふんわりした雰囲気も、ぜんぶ前のまま。
だけど、どこかが変わった。
花のつぼみがそっと開きかけているような、ちょっと危うくて、どこかじれったくて、微かにとまどいながら、今か今かと待ち焦がれている。
少女から、ほかの何かに変わるその日を。
今までよりももっと鮮やかな予感を秘めて。
そんなときめきに目が離せない。
でも俺はそっと目を伏せる。
彼女のきらめきは、今の俺には辛いだけ。
その微笑みに耐えられない。
そばにいるだけで苦しくなる。
逃げ出したくなる。
焦りながら話題を捻り出す。
「そ、そう言えば、ユッキーは朝学習に出てるの?」
「うん、毎朝六時半の電車に乗ってるの。あれ、初めて名前呼んでもらった? 中学でも、なんかあんまり話す機会なかったよね」
「そうだね」
「あだ名、しんしんでもよかったのにな」
「え?」
「ほら、最初の時、パッツがしんしんっていうの考えてくれたでしょ? 雪が積もる音だって」
「あ、ああ、そう言えば……」
「あれ、ちょっと嬉しかったんだ」
「へ、へ〜」
すっかり忘れてた。
でも彼女はちゃんと覚えててくれたんだ。
しかも嬉しかったって。
その一言で、俺は天にも昇る気持ちになった。
電車が来て、他の生徒たちに紛れて俺たちも乗り込む。
彼女は真ん中あたりでつり革につかまって本を読むのを、扉の近くで外を見ながら刹那見をしていた。
外は少しだけ夏の気配を漂わせていた。
ふわふわした気分で家に帰ると、何かがちょっとだけ回復したような気がした。




